雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
「なにを、してる……どうしてお前が……」

「動くな、じっとしていろ」

 そう云って、ことさら月夜を抱く腕に力を込めた雪の肩から、ボタボタと鮮血が流れ落ちる。
 それを止めるどころか、動くこともできず月夜は絶句した。

――こんなのはおかしい、なぜ魔物がここまでするんだ? なぜボクを庇って血を流している……なぜ!

「貴君、わたくしから力を奪い、不意をついて反撃に転じるつもりじゃろうが……残念じゃったな。羅刹天といえど、両腕が使えなくてはどうして戦える? それとも……鍵を手放し片腕で挑むか?」

 右腕に月夜を庇い、左肩の骨を砕かれた雪に、選択の余地はなかった。
 しかし何かを待っているかのように黙したまま、彼は動こうとしない。
 月夜はもう、限界に達していた。

「もう……いい。もうやめろ……ボクを離せ。そして逃げろ、雪……これ以上お前が傷つく必要はない。この国のことは、この国の人間が背負うべきものだ。どちらにしろ滅ぶしかないのなら、ボクはガルナと最期を共にする」

 月夜の言葉を訊いているのかいないのか、雪は眉間にシワを寄せ、じっとまぶたを閉じている。
 月夜はそれを見上げながら、腕から力が抜けるのを、いまかと待ち続けた。

「……馬鹿はお前だ。月」

「な……っ」

 突然の罵言に月夜は眉をひそめる。
 しかし自分を見下ろしてきた瞳が、息をのむほどに澄んで見えた。
 刹那それに目を奪われていると、遥か向こうで遠吠えが微かに響いた。

「……阿修羅?」

「来たか」

 二人は同時に帝釈天の頭上を見上げた。
 つられて顔を上げた帝釈天の上に開いた大穴から、勢いよく阿修羅が姿を現した。

「なんじゃと……!」

 驚く帝釈天をすり抜け、阿修羅がイシャナに襲いかかる。


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