雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
「なんとも奇妙なことよ。気高き我が一族が、人間ふぜいに振り回されるなど、噴飯にもほどがある。それがたとえわたくしのはらからより生まれでた魂であっても、所詮は人間じゃ。とはいえ、お前の本質も気高き血統…というわけか」

 帝釈天は右手を目の前にかざし、まるで剣のように指先を伸ばした。
 長い爪が鋭く尖っており、触れると本当に切れそうだった。

「ならば望み通り、わたくしが相手になろう」

 つぎの瞬間、帝釈天の姿は月夜の眼前まで迫っていた。
 息をのむひまもなく、鋭い爪が急所に向かって突き出される。
 月夜はただ呆然と目を見開いた。

「……羅刹天。いくら貴君でも、これではもう動けまい?」

 そう呟いて薄く笑みを浮かべる帝釈天を、月夜は雪の肩越しに見ていた。
 自分の前にいる彼の背中から、なぜか手が生えているのを不思議な思いで見下ろす。
 それには、先刻見た帝釈天の鋭い爪がついていた。

「……雪」

 雪の身体から抜き取られた手が、飛沫を描いた。
 大量の鮮血を浴びた月夜は、声にならない悲鳴をあげた。
 ゆっくりと後ろに傾く雪の背中を受けとめようと必死に手を伸ばす。

――なぜだ。なぜだ、なぜだ?

 月夜の腕に身体を預けたまま、もの云わぬ雪を揺さぶった。

「なぜお前が……こんな……もう、誰かが傷つくのは……いやだ。死ぬのはいやだ……ボクをおいて逝くなんて許さない。お前は……ボクのものになるんだからな!」

 いつか力を得た刻、彼から阿修羅を奪おうと決めていた。
 そのためには雪という魔物を調伏し、自分のものにしなくてはならなかった。
 いまそれが叶うなら、どんなことでもする。

――そうだ。そのために戦わなくてはならないなら、ボクは…。


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