ホワイトタイガー
コウモリ少年の解説と説明が終わってホワイトタイガーさんは中世のヨーロッパで行われた大量の赤ちゃんによる人体実験の歴史を語り出した。

中でも、生まれてから声掛けを一切行わなかった場合、赤ん坊はどう成長するのか? という残酷な実験にひどく興味が湧いた。

事務的に試験員が粉ミルクを無言で定期的にあげて、無言で下の世話を続けた場合。その赤ちゃんは、果たして何語を話すのか? はたまた人間になるのかという実験だ。(※ フリードリヒ2世、プサンメティコス)

ホワイトタイガーさんはたんたんと実験の概要と結果を説明した。

その実験による答えは12才で全員死ぬ。というものだった。

人間の赤ちゃんもオオカミに育てられたら二足歩行は出来ないらしく、たとえば試験員が四つんばいで育てる実験でも同じ結果が出るつまり二足歩行が出来ないというのも衝撃だった。

「人間は良くも悪くも環境によって特殊な成長の仕方をする。なんでだかわかります?」

ひとしきり実験のサンプルを話し終えた〆なのだろうか、ホワイトタイガーさんは私に質問を投げかけてきた。

だけど、わからないと答える間を与えてくれない。ただ、わからないと感じる“間”だけは与えてくれる。

自分の話ばかりする人と少し違うのは、私の表情を察知しながら話を展開していくという部分。なのだけど端から見れば全部ホワイトタイガーさんのターンだと思う。

「人間には、こうなりたいとか、ああなりたいとかいう欲があると思うんです」


「それは単純に欲といってもいいし、綺麗に夢とか希望といってもいい。人間だけは何者にでもなることができる」


「その欲がどこから生まれてくるかわかりますか?」


「脳? それは違う」


「なにもないところから生まれる」


「なにもないというのは不安だから、後付でもいいので理由を欲しがる。……安心したいのかな。

それが、言葉なんだと思う。実験で子供は愛がないから死んだとされてはいるけど、愛というのもただの言葉なんだ。こういうものにしておこうと言葉を並べて組み合わせた概念でしかない。

たとえば、ぼくが、わたしのことが好きで、セックスもしたい。

その前に、今は煙草を吸いたい。

これらのことに、たいした根拠も理由もない。と、ぼくは思うのです」


「今、なんとなくそう思うだけで、昨日、いや数時間前にはなかった感情なんですよ」

好きという言葉とセックスという言葉にドキリとした。

ホワイトタイガーさんは独特のしゃべり方をする人で、“あなた”“君”という二人称を“わたし”を使ってくるといった不思議な言葉遣いや、話全体のイントネーションが今まであった誰とも似てない。

なんで今、この人の話を私は聞いているのだろうかとても不思議に思う。

目を見ると、ばっちりと目が合う。ほんの少し斜視なところが私の頭を更に、ぼぉっとさせた。


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