エスメラルダ
夜は長い筈だった。
しかしやけに短く感じられる。
床の上に二人の身体は投げ出されていた。
絡み合うように抱き合う。
しかし衣服は身に纏ったまま。
ただ、よりお互いの体温を感じたかったからそんな体勢になった。
フランヴェルジュがエスメラルダを押し倒したのであろうか。
エスメラルダがフランヴェルジュを引き倒したのだろうか。
それは愚問というものだ。
上になり下になり、そして今横に並んで足を絡ませ、飽きる事無く唇を重ねた。
何度も何度も貪るようにお互いの唇を味わう。それでも、味わい尽くせない。
気持ちは、ホトトルの泉のようにこんこんと湧き出でて、枯れる事を知らない。
「明日、お前が母上と共に見送ってくれる姿を見る事が出来ると、だけれどもそれだけだと思っていた……だから、嬉しい」
唇が痺れるまで口づけを交わした後、後を引く唾液と絡まる吐息と共にフランヴェルジュは言う。
「……わたくしは……わたくしで良いのなら、叶う限り御側におります……」
薔薇色の頬の娘は言う。
その瞳はエメラルドより鮮やかに煌いていて、やがて、涙が溢れる。フランヴェルジュはその涙に口づけた。
吸っても吸っても、溢れ出る涙。
「フランヴェルジュ様ぁっ!!」
エスメラルダはフランヴェルジュにしがみついた。
淑女の慎みなど今の彼女には何の意味があろう。隣に横たわる男の足に絡み付けた足を、更に深く絡めようとする。ドレスの裾がはだけて膝上までもが晒されていたが、気にもしなかった。
火照った肌が、熱かった。
ぐいっと、フランヴェルジュも抱き締める腕に力を込めた。
このまま抱いてしまいたい。
ふっと、心にそんな考えがよぎった。
それの何処が罪であろう?
彼女は自分を愛し、自分は彼女を愛している。
「エスメラルダ……」
呼んだその時、見上げた瞳にフランヴェルジュは彼女も同じ気持ちであるのを知った。
一つになりたい。
エスメラルダが何も言わずとも、その瞳は何よりも雄弁で。
「エスメラルダ……!」
深い口づけ。
熱く情熱的なのに、まどろっこしい。
フランヴェルジュはエスメラルダのドレスに手をかけた。
女のドレスがどうなっているのか知らない。
それでも慎重にホックを外し、ドレスを肩から滑り落とす事に成功した。
すぐ隣に寝台があるのに、その距離が惜しいと二人は思う。
エスメラルダが微かにフランヴェルジュから身を離した。彼を厭っての事ではない。その下着を、彼が脱がせやすいようにと本能的に身を引いたのだった。
しゅっと音がしてコルセットの紐が解かれた。
初めてフランヴェルジュの大きな手はエスメラルダの裸の背中に触れた。
びくん、と、エスメラルダは背を逸らす。
声は洩らさなかった。
ただ、少女の震える指がフランヴェルジュのサッシュを解こうと伸びる。
衣擦れの音が響いた。
その音がやけに大きく聞こえるくらい、部屋は静かだった。
「エスメラルダ……」
「フランヴェルジュ様……」
名を呼び合い、その手で必死に相手の服を脱がそうとしながら口づける。
夜は長く、短かい。
月は天空を滑るように、しかしゆっくりと移動する。
『愛している』とは、二人とも言わなかった。
それは既知の事であったが故に。
ただ、若さは性急で、貪欲で、そして、臆病だった。
言葉の代わりに口づけた。
身体が震えるほど幸せだった、それだけで。