エスメラルダ
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メルローアの兵の行進は威風堂々と言うのに相応しいものだった。
昨日までの男達のはしゃぎようは一部の女達を呆れさせ、一部の女達を夢中にさせた。
しかし、今整然と歩を進める兵士達や蹄を進める騎士達は、はしゃぐのではなく、さりとて緊張した様子もなく、ただ黙々と行進した。その姿に人々は誇りを抱く。
最前列に、赤く分厚い絹の地にメルローアの紋章を掲げた旗手が在り、そのすぐ後ろにフランヴェルジュがいた。
黄金の髪が風に踊る。
その瞳にある憂愁の色が、彼を悩ましく見せ、女達の胸を焦がした。
勝たなくてはというのは当然の事。
しかしただ勝つだけでなく、出来うる限り、命を落とすものを少なく、怪我を負うものを最小に止めなくてはならなかった。
カリナグレイの王城から彩季の道をただ前進する。
王都の大門がメルローアで一番大きな転移門だった。
マーデュリシィはそこで待つ。
百万の軍勢を転移させなくてはならなかった。
みすみすレーシアーナを死なせ、ブランシールの事件も予知できなかった自分に他に何が出来ようかとマーデュリシィは考えている。
この転移を申し出たのはマーデュリシィ自身だった。
「出来るのか?」という王の問いに「出来る」と答えた。
失敗したら血族の制裁が加えられるであろう事も、マーデュリシィには解っている。
そしてそうなる前に自ら命を絶つ覚悟も出来ていた。
アユリカナもエスメラルダも、マーデュリシィの隣にいた。
二人とも黒いドレスを着ているが、顔は白を通り越して真っ青だった。
発つフランヴェルジュを思っての事でも勿論あった。
だが、ブランシールのことでも在ったのだ。
騎乗の人であるフランヴェルジュはどう思っているだろう……? どれ程の苦しみに苛まれている事であろう?
目覚めたブランシールの意識は、赤子と化していた。
「あー」
そういい邪気の全くない顔でフランヴェルジュに手を伸ばしたブランシール。
その手を掴むと声を立てて笑って、しがみついた。
ブランシールは生きている。
だがしかし、メルローアの国王を補佐し続けた鋭敏な頭脳の持ち主は死んでしまったのだ。
気丈なアユリカナが、息子のその姿を見ると、思わずその場に崩れ折れ、泣き出した。
死ぬより酷かった。
あのブランシールが赤子にかえるなんて!!
しかしブランシールは周囲の葛藤など解ってはいなかった。否、もう何も解ってはいなかった。そしてアユリカナのその泣き声を聞き、我もと主張するように声も限りと泣きじゃくったのである。
フランヴェルジュがブランシールを抱き締めると、泣き声はやがて落ち着いた。
アユリカナの背は、エスメラルダがさすっていた。背中から手に震えが伝わってくるのが切なかった。
ブランシール様! ああ、貴方が、そんな!!
エスメラルダは叫びだしたかった。
叫んでも何も変わらないどころか、ブランシールは再び泣きじゃくるであろうので、その衝動は必死に抑えたのだけれども。
先頭が大門に近づいてきた。
アユリカナがその小さな手でエスメラルダの手を握り締める。
もし、フランヴェルジュが死んだなら、アユリカナは子供を二人うしなうに等しいのだ。
きゅっと、エスメラルダもアユリカナの手を握り返した。
近づいてくる馬上の人。その黄金の髪を、輝く瞳を、エスメラルダは目に焼き付ける。
マーデュリシィが詠唱を終え、叫んだ。
術式の完成である。
フランヴェルジュは大門を通り抜け、門を起点に転移した。後続の兵達も、どんどんと大門に飲まれていく。
「わたくし達は、どうなるのかしら?」
アユリカナが愛しい男と同じ目で問うた。
「すぐに『お帰りなさい』と言えます」
エスメラルダは言い切った。
祈りと確信をこめて、言い切った。