エスメラルダ
百万もの軍勢が辿り着いたのは、ファトナムール王都シュミナールの中央広場だった。
人々が細々と歩いている最中にいきなり登場した百万という大軍は異様であった。尤も、それだけの大軍が広場だけに収まりきるはずもなく、路地裏や店の軒先にまで軍は展開された。
広場だというのに、ファトナムール人は異常なほど少なかった。
そして、僅かにいた人々は───女と子供と、痩せた兵が数人しかいなかった───口を大きく開け、目を見開き、恐怖の形相をしている。
「まさかこんな場所に飛ばすとはな、大祭司よ」
ファトナムール王の城『月華夢弦城』までほんの僅かな距離である。
このまま城を落とすのは簡単だった。だが。
フランヴェルジュの目が小さな少女を捕らえた。
少女は夏の服のように薄い布の服を着ているが、それが何回も洗い擦りきれた結果だという事が解らぬ程彼は馬鹿ではなかった。
その少女の恐怖の顔。
「シュミナールの民よ、聞け!!」
家にこもりきりの人間にまで聞こえるよう、フランヴェルジュは大音声でその言葉を発した。
「余はメルローア国王、フランヴェルジュ・クウガ・メルローアなり。この国の王の首級を求めるものなり。しかし、無辜なる民人の血が見たいわけではない。この都は戦場にはせぬ。この城下町の南、エンキアの野で決戦を行うものなり。ファトナムールの兵士よ、ロウバー三世に我が言葉伝えよ。余は市街戦には持ち込みたくないが故にエンキアの野までご足労願うと。ハイダーシュの首から下を取り戻したくば余が言葉どおりにせよと。さぁ、いけ!!」
ぱん、と、フランヴェルジュは手を打った。
兵達が後ずさるように城への道を辿るのを見て、フランヴェルジュは鷹揚に頷く。
エンキアの野は決戦地にしようとブランシールと計画を練っていたところだった。
だだっぴろいクローバーの野原は丁寧に手入れされているのだそうだ。クローバーはファトナムールの紋章でもある。それゆえの保護。その地を朱に染めんとする自分が恐ろしいと思う。だが、フランヴェルジュはその道を選んだ。
フランヴェルジュはファトナムールを攻めんとしながらも虚しさがこみ上げてくるのを感じていた。
前々から野心あるこの国との戦争は避けられないものであったにせよ、ハイダーシュのことが許せなかったにせよ、元々フランヴェルジュは血が苦手であった。
しかし、王である以上戦わなくてはならない。もう何もかもがフランヴェルジュのちっぽけな意思など噛み砕き飲み干し、動いているのだから。
「皆、余に続け!!」
フランヴェルジュは馬の首を返した。
戦う前からフランヴェルジュには解ってしまった。戦争など誰も幸福にしないと。
それでもフランヴェルジュは動く。
目指すは南。シュミナールの大門からそう遠くないところにあるエンキアの野へ。
なぁ、ブランシールよ。
もしお前が隣でくつわを並べていたらこのような虚しい気持ちにはならなかったのだろうか?
それとも、これは虚しいのではなく俺の中の臆病な部分が疼くのか?
ロウバー三世は半狂乱になった。
兵の半分をメルローアの国境、エリファスに向けて出発させ、そして残り半分も今まさに後続部隊として発とうとしていたからである。
転移を繰り返しても、普通の常識で考えれば、いきなりシュミナール中央広場にメルローア軍が訪れるとは信じがたいものがあった。
人一人なら、メルローアの神聖魔法技術から言えばありうるかもしれなかった。
だが、泡吹きながら戻ってきた兵に言わせると、それはシュミナールの城下を殆ど覆いつくさんばかりであったという。一体どれ程の兵が集ったのであろうか。そんなことが。
「民衆を招集させよ」
低い声でロウバー三世は言った。
「十四から上の男なら寝たきりの爺以外は皆引っ張って来い!! すぐにだ!! いつ気が変わって城に攻め入るかもしれん。急げ!!」
兵達は互いに顔を見合わせた。
王は正気であられるのか?
人々が細々と歩いている最中にいきなり登場した百万という大軍は異様であった。尤も、それだけの大軍が広場だけに収まりきるはずもなく、路地裏や店の軒先にまで軍は展開された。
広場だというのに、ファトナムール人は異常なほど少なかった。
そして、僅かにいた人々は───女と子供と、痩せた兵が数人しかいなかった───口を大きく開け、目を見開き、恐怖の形相をしている。
「まさかこんな場所に飛ばすとはな、大祭司よ」
ファトナムール王の城『月華夢弦城』までほんの僅かな距離である。
このまま城を落とすのは簡単だった。だが。
フランヴェルジュの目が小さな少女を捕らえた。
少女は夏の服のように薄い布の服を着ているが、それが何回も洗い擦りきれた結果だという事が解らぬ程彼は馬鹿ではなかった。
その少女の恐怖の顔。
「シュミナールの民よ、聞け!!」
家にこもりきりの人間にまで聞こえるよう、フランヴェルジュは大音声でその言葉を発した。
「余はメルローア国王、フランヴェルジュ・クウガ・メルローアなり。この国の王の首級を求めるものなり。しかし、無辜なる民人の血が見たいわけではない。この都は戦場にはせぬ。この城下町の南、エンキアの野で決戦を行うものなり。ファトナムールの兵士よ、ロウバー三世に我が言葉伝えよ。余は市街戦には持ち込みたくないが故にエンキアの野までご足労願うと。ハイダーシュの首から下を取り戻したくば余が言葉どおりにせよと。さぁ、いけ!!」
ぱん、と、フランヴェルジュは手を打った。
兵達が後ずさるように城への道を辿るのを見て、フランヴェルジュは鷹揚に頷く。
エンキアの野は決戦地にしようとブランシールと計画を練っていたところだった。
だだっぴろいクローバーの野原は丁寧に手入れされているのだそうだ。クローバーはファトナムールの紋章でもある。それゆえの保護。その地を朱に染めんとする自分が恐ろしいと思う。だが、フランヴェルジュはその道を選んだ。
フランヴェルジュはファトナムールを攻めんとしながらも虚しさがこみ上げてくるのを感じていた。
前々から野心あるこの国との戦争は避けられないものであったにせよ、ハイダーシュのことが許せなかったにせよ、元々フランヴェルジュは血が苦手であった。
しかし、王である以上戦わなくてはならない。もう何もかもがフランヴェルジュのちっぽけな意思など噛み砕き飲み干し、動いているのだから。
「皆、余に続け!!」
フランヴェルジュは馬の首を返した。
戦う前からフランヴェルジュには解ってしまった。戦争など誰も幸福にしないと。
それでもフランヴェルジュは動く。
目指すは南。シュミナールの大門からそう遠くないところにあるエンキアの野へ。
なぁ、ブランシールよ。
もしお前が隣でくつわを並べていたらこのような虚しい気持ちにはならなかったのだろうか?
それとも、これは虚しいのではなく俺の中の臆病な部分が疼くのか?
ロウバー三世は半狂乱になった。
兵の半分をメルローアの国境、エリファスに向けて出発させ、そして残り半分も今まさに後続部隊として発とうとしていたからである。
転移を繰り返しても、普通の常識で考えれば、いきなりシュミナール中央広場にメルローア軍が訪れるとは信じがたいものがあった。
人一人なら、メルローアの神聖魔法技術から言えばありうるかもしれなかった。
だが、泡吹きながら戻ってきた兵に言わせると、それはシュミナールの城下を殆ど覆いつくさんばかりであったという。一体どれ程の兵が集ったのであろうか。そんなことが。
「民衆を招集させよ」
低い声でロウバー三世は言った。
「十四から上の男なら寝たきりの爺以外は皆引っ張って来い!! すぐにだ!! いつ気が変わって城に攻め入るかもしれん。急げ!!」
兵達は互いに顔を見合わせた。
王は正気であられるのか?