エスメラルダ
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天幕が、エンキアの野を覆い尽くすようにはられた。
南に、フランヴェルジュは陣を敷いた。
そして、大門を睨むように見詰め、兵たちが手際よく天幕を張る横で立ち尽くしていた。
初めての戦。
どれ程、「王自ら戦陣に立たれる必要はございません」と家臣に説かれたことだろう。
だが、自分一人安全な立場に甘んじる事は出来ない。それが王。否、それ故にこそ、王。
その時、あちこちで小さな騒ぎが起こった。
天幕を張り終え、荷の確認をしていた兵達のものだった。
「見ろよ、『国王陛下を勇ましき御身の力にて御救い下さい』って!!」
「こっちは『わたくしの癒しが届かぬ地へ赴かれる御身に我が祈りを託します』って書いてある!!」
「俺も俺も!! 俺のはすごいぞ。『どうか御身がご無事でありますように』だって! ヒュー!!」
「俺のザック、白い丸い石が入っていた……なんでだ? お前らが何で陛下の想い人からの文で、俺が石なんだ?」
「馬鹿! お前、それ神殿の守り石じゃねーか!! お前の身も、いや、俺達全員の無事をお祈りくださっているんだ、エスメラルダ様は」
「そっかぁ。この石を持っていたら矢も掠らないかもしれないな」
「まさかと思うけれども俺達全員のザックに文か石が入っているとか?」
「すげー!! 確実に無事に帰れそうだ」
フランヴェルジュは呆気に取られてその光景を見ていた。
エスメラルダがザックの点検をした時に、手が空いている侍女だけでなくアユリカナにまで手伝わせて、直筆の文か自ら祈りを捧げた守り石をつっこんだなどと誰が想像しよう?
今までメルローアの歴史の中でこの様な事をした女性はいなかった。恋人にするのならともかく兵士全員の。
エスメラルダは侍女達とアユリカナと一緒に、フランヴェルジュが忙しく立ち働いている三日間の間に倉庫の中でひたすらにその作業に従事していたのだ。一つ一つ中の物を点検しながら。
一人の仕事でないにしろ、流石に百万全てやり終えたときには倒れてしまって、そのまま三時間ばかり倉庫で眠ってしまったエスメラルダだが、まぁそれはどうでもいいだろう。
兵士達の興奮は異常なまでに高まっていた。
一人の兵を捕まえ、説明を聞き、漸くフランヴェルジュも事態を正しく飲み込む。
その時、誰かが叫んだ。
「エスメラルダ嬢、万歳!!」
その声に皆が唱和する。
万歳、万歳、万歳!!
声はうねるように響き、万歳の声は漣のように全軍に広がった。
「陛下の未来のお妃様に!!」
「万歳!!」
「万歳!!」
フランヴェルジュは胸が熱くなった。
正直今は本当はそれどころではなかったのだ。
すぐに天幕に戻って軍議を召集しなくてはならなかったのに。
それでもフランヴェルジュの最愛の女性の名を呼び、石や文を握り締めた手を高く天に突き上げ、吼え、讃えるその姿はいっそ神聖でもあった。
兵達の志気を上げるのも王の仕事なれば、エスメラルダはまさに王妃に相応しかった。彼の仕事を、軍議の事を置いておくと最適なタイミングで手助けしてくれたのだから。
フランヴェルジュは面倒臭い軍議を取りやめる事にした。
これだけの軍勢なら策はなくとも正面突破で充分である。これだけ志気が上がっているのなら尚更。
それにうっかり見てしまったが、軍議のメンバー、将軍や大将を始め、書記官までもが自分のザックに走っていってしまったのだ。
とがめるつもりはない。
エスメラルダにはつまらぬ醜聞より歓喜の声の方が似つかわしい。
フランヴェルジュはすたすたと歩いた。
柔らかなクローバーを踏み躙り歩く王の姿に、人々は声を上げるのをやめて道をあける。
兵達の中心にまで辿り着くと、フランヴェルジュは拳を天に振りかざした。
「我が勇敢な兵達よ!!」
仕事を思い出した伝令が走る。隅から隅までフランヴェルジュの言葉を伝える為に。
「天は一つ。地は一つ。想いも又一つ!」
フランヴェルジュの演説に人々は聞きほれた。そうだ、想いは一つ。
敵を倒し我がメルローアへ帰るのだ!!