エスメラルダ


◆◆◆

 戦いの決着は呆気なくついた。
 ロウバー三世をしてその命を止めたのは、小柄なファトナムールの民であった。
 側に居た騎士にその男は袈裟懸けに斬られた。それを見た他の民が猛然とその騎士に襲い掛かったのだ。
 それも一人や二人ではなかった。
 先程まで剣を合わせていたメルローア人に、ファトナムールの民は最早背中を向け、王に組する全てのものを滅ぼさんとしたのである。
 ロウバー三世は民衆の男という男を引っ張ってきはしたが、まともな武器は用意出来なかった。そこで支給されたのが緑錆に覆われた銅の剣だったのだ。
 メルローアの兵が呆気に取られる中、銅の剣を振るう民人は、鋼の剣で切られ命を落とすものも多かったが、それ以上に貴族や軍人の頭蓋を兜ごと叩き割り、砕いた。
 血に濡れた剣を握り締めながら、フランヴェルジュは心底恐ろしいと思った。
 民衆から支持を受けない王の末路とは、このようなものなのだ。
「皆、民衆に味方せよ!! 切りかかってくるもの以外、銅の剣を持つものを殺してはならん! 彼らの『革命』を助けるのだ!!」
 『革命』。
 まさにそれはそうとしか呼べないものだった。人々が長年のファトナムールの圧政に苦しんできた、それが今、こともあろうに戦場で爆発したのだ。
 鎧も与えられず、切れぬ剣で百万の軍に向かえと言われた飢えた人々は───金鉱の金が尽きた事により民衆はとてつもなく貧しかった───、自分達を苦しめてきた王の息子の仇を取るより家でひもじい思いをしている己らの息子の為に戦ったのだ。
 メルローアの兵が民衆に加担する。
 フランヴェルジュの命も勿論在るが、もともと、メルローア人は情が深い。
 裸同然で先陣を切る事を余儀なくされた痩せ細った男達を斬る事は躊躇われたが、ぶくぶくと肥え太った貴族や軍人を斬る事には何の躊躇いもなかった。
 ああ、銅の剣掲げ持つ者達はなんと痩せ細っていることだろう。
 その痛々しい姿は飢えを知らぬメルローア兵から悪感情を消し去った。
 どんな言葉で説明されなくとも、それが圧政、悪政の結果だと解ったから、メルローアの兵は、敵は同じだと断定した。
 血と肉と骨と内臓。
 熱く飛び散るもの。
 溢れて誰も彼もを赤く染める。
「メルローア万歳!!」
 驚いた事にそう叫んだのはファトナムールの民だった。
「メルローア万歳!!」
 今度はメルローアの兵が叫んだ。
 万歳! 万歳!! 万歳!!!
 その声は潮の如く。
 エスメラルダからの文や石を見つけた兵たちが上げた声とは比較にならなかった。
「貴族や軍人を逃がすな!! 暴動が起きる!! 無辜なる者の血をこれ以上流させるな!!」
 フランヴェルジュが声を張り上げた。
 しかしそれは必要なかった。
 敵は殲滅せよ。
 人々はその事しか考えていなかった。

 そして、戦は終った。

 シュミナールの大門が開いて、痩せた人女子供が、血塗れの父や夫や恋人や兄弟を抱き締めた。
 白刃を煌かせ戦ったメルローア兵と、銅の剣で砕けるもの全て砕いたファトナムールの男達は昔からの戦友の様だった。
 メルローア兵は血に塗れたエンキアの野で杯を上げた。勝利の美酒は辛口の白ワイン。
 先陣をきったフランヴェルジュには傷一つなく、味方全体の被害も極めて軽微だった。
 フランヴェルジュは思う。
 ファトナムールの民は、ただ単にロウバー三世に反旗を翻しただけなのだろうか?
 大門の中には妻や子や恋人といった『人質』がいたのに。
 勝てぬ事を知ったからこその『革命』……か?
 その時、一人の兵が走ってきた。フランヴェルジュの前で跪礼をとり胸を叩き、シュミナールの男達の代表が謁見を願い出ていると言い、フランヴェルジュはそれを受けた。

 翌日、メルローアまでの帰りに消費する以外の兵糧を全て解き、ファトナムールの民に与え、更なる食料提供を約束し、フランヴェルジュとメルローアの兵は帰途に着いた。
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