エスメラルダ
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大門で、エスメラルダは今か今かとフランヴェルジュを待ちわびていた。
白いドレスが風を孕んでふわりと揺れた。
飾り気のないドレス。喪中である事をエスメラルダは忘れてはいなかった。
だからただの一つも装飾品を身に纏う事無く、護衛の騎士に周囲を固められ、ただ待つ少女は、しかし、飾らぬがゆえの美しさがあった。
清楚にして気高きエスメラルダ。
転移が使えたのなら良かったのだが、マーデュリシィは軍を送り込むだけで魔力を使い果たしてしまったらしい。今は寝たきりになっている。
それに、勝利を知らしめるには馬に揺られ、ゆっくりとファトナムールやメルローアへ蹄の痕を刻むが正しい。
何処でも熱狂的に迎えられたというフランヴェルジュと我がメルローアの兵達。
わたくしのフランヴェルジュ様……!!
その時、エスメラルダの耳が遠くから聞こえる悲鳴のような歓声を、確かに捕らえた。
ああああああ!!
帰っていらっしゃる。
脚が萎えてその場に座り込みそうだった。
嬉しくて涙が止まらなかった。
そして、蹄の音が近づいてくる。
歓声がどんどん大きくなる。耳を聾さんばかりに。
何かが電流のようにエスメラルダの背中を走った。
馬の鼻頭が見えた。
そしてたなびく旗も。その後ろに続く……。
「きゃああっ!!」
エスメラルダは悲鳴を上げた。後ろに続く黄金の髪と瞳をした、彼女の愛しい男が、彼女を攫うように馬の背に抱き上げたからだ。
「陛下!!」
護衛の騎士が上げる声に、フランヴェルジュは指を振って見せた。
五月蝿い、と、言いたかったらしい。
「フランヴェルジュ様ぁ……」
しっかりと、エスメラルダはフランヴェルジュにしがみついた。
生まれてこの方馬になど乗った事がなかった。尻に当たる規則的な律動が、なにやらエスメラルダに恐怖をもたらした。しかも視界は恐ろしく高く、エスメラルダは下を見るのはやめようと決意し、フランヴェルジュの胸元に顔を寄せた。
石鹸の匂いがした。ネヴァイアンで湯浴みをしたのだろう。出立の時はフランヴェルジュは白銀の鎧を身に付けていたが、今は鎧は脱いでいる。白いリンネルのシャツが肌に心地良かった。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
右手で手綱を御しながら、フランヴェルジュはエスメラルダを抱く左腕に力を込める。
十二時の鐘が鳴った。
馬が、カリナグレイの広場に向かっている事にエスメラルダは気付いた。
一寸したパレードかしら? 王城に真っ直ぐ戻られると思っていたのに。アユリカナ様がお待ちなのに。
今のエスメラルダにもし観察眼があったら、フランヴェルジュが困ったような照れたような誇らしいような、そんな何もかもをもごっちゃ混ぜにした表情を見ることが出来たであろう。後ろに続く兵たちが、あるいは顔を染め、あるいはにやにやしながら、しかし限りなく幸せそうな事にも気付いた事であろう。
だが、今のエスメラルダはただフランヴェルジュの胸元に顔を押し付け、その温もりを感じ、その鼓動を聞き、その匂いを味わうのに必死だった。
やがて、広場に着いたとき、その舞台が花で飾られている事にエスメラルダは気付いた。
しかもルジュアインを抱いたアユリカナがにっこりと手を振っている。
人々の歓声は最高潮に達した。
フランヴェルジュは馬から下りるとエスメラルダを下ろし、舞台に引っ張っていく。
エスメラルダは何事か解らなかった。
何となく恥ずかしかった。
だが、兵士達はフランヴェルジュとエスメラルダが舞台に上がると惜しみのない拍手を送った。他の者達も釣られて手を叩く。
ごくり、と、フランヴェルジュは唾を飲み込んだ。
「此度の事、余は……俺は如何に皆に支えられ玉座にあったかという事を思い知らされた。我がメルローアの民全てに礼を言う」
そういうなりフランヴェルジュはエスメラルダから手を離し、限りなく優雅に礼をとった。
一国の国王がその国民に頭を下げたのだ。
さっきまでの喧騒とは打って変わって、水を打ったようにその場はしん、となった。