エスメラルダ
  ブランシール様も、あの方のような情熱をお持ちなのかしら?
 優しい匂いが漂う。雑多な香水や髪油の中から、その匂いがブランシールから漂ってくるものだと知ってエスメラルダはエメラルドの瞳を大きく見開いた。
「『夜明けの薔薇』」
 思わず声に出して言うとブランシールは淡く微笑んだ。
「貴女に解る程匂っているのならつけすぎだね。兄上は香水など男の付けるものではないというのだけれども、貴女はどう思う?」
「わたくしは好きですわ。この香り、わたくしにとっては懐かしいものなのです」
 それはランカスターが愛用していた香水であった。
「ランカスター公爵は、僕達兄弟の憧れでね、僕は香水も髪型もみな真似している」
「でも、ランカスター様の髪は短うございましたわ」
「若い頃の肖像画では長かったんだ。紫のリボンも叔父の真似なんだよ、実は」
「そうでしたの……」
 確かに、ブランシールはランカスターを若くしたらこのようになるのではないかと思われる。
「兄は自分をしっかり持った人だからね、誰かの真似をする必要がない。僕は弱いから、尊敬と崇拝の対象に少しでも近づきたかったんだ」
 そう言いながら唇に笑みをはいているブランシールを、エスメラルダは抱き締めたいと思った。
 なんていたいけな人なのだろう!
 ランカスター様に憧れる方。
 比べてフランヴェルジュは、フランヴェルジュ自身としか言いようがなかった。
 フランヴェルジュは豪華な金髪をしている。目にまぶしいその色。精力的なその様子は思い出の人に似ていなくもなかったけれども。
 でも、きっと、もう。
 嫌われている。
 曲が変わる。エスメラルダは再びフランヴェルジュの腕の中に戻る。
 フランヴェルジュを前にするとどうしてか征服したいという強い欲求に駆られるのだった。だけれども、エスメラルダは女の手練手管を使わない。そんなもの必要がなかったのだ。今までは。
 そして、きっとこれからも必要がないであろうとエスメラルダは思う。
 エスメラルダの生家は子爵位を金で買った商人の家であった。
 王宮の夜会に、そんな身分の卑しい娘が呼ばれたのは……考えて、エスメラルダは唇を舐める。
 多分物珍しかったのであろう。
 ランカスターの心を奪ったという女が。
 エスメラルダに、視線が集中する。
 嫉妬、羨望、憎悪、憧憬。
 どんなものにしろ、たった二人しか居ない王子を占領しているといっても過言ではない。
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