エスメラルダ
  エスメラルダには痛い視線だった。
 ランカスター様。
 エスメラルダは思う。
 帰りとうございます。
 その思いが顔に出たのだろう。
 エスメラルダの瞳に膜が張る。涙の膜が。
 フランヴェルジュの胸が、針を突き刺されたかのように痛んだ。
 自分と踊る事は涙を浮かべなくてはならぬ程、辛いことなのだろうか? そう誤解して。
 エスメラルダは必死で涙を堪えた。
 帰れない事は誰より良く知っていた。
 何故ならランカスターは。
 あれはエスメラルダの誕生日の二日前。
 雪嵐の中、花嫁のヴェールを取りに行ったランカスターの乗った馬車が車輪を取られ。
 あの方は死んだのだ。
 そうして、あとには、十六の誕生日に華燭の典を挙げる約束をしたエスメラルダただ一人が、取り残されたのである。
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