エスメラルダ
  ランカスターとの出会いは偶然だった。
 エスメラルダは十二になる直前だった。
 真冬の、それも雪嵐の中、ランカスターは身分を隠してメルローアの首都、カリナグレイの酒場で酒を飲んでいた。その酒場の女主人はランカスターの正体を知った上で彼をもてなしていた。店の中でも、ベッドの中でも。
 だけれども美女として名高い『金魚亭』の主人にもランカスターは夢中にはならなかった。便宜を図ってくれる謝礼代わりに金貨とベッドでの時間を与えているに過ぎなかった。
 ランカスターが夢中になるのは自然だけだった。緑の木々、赤や青の花、小川のせせらぎ、土の匂い。
 だから緋蝶城がある彼の領地、エリファスに帰っているときの彼は本当に生き生きとしていたのだが、陽気な『金魚亭』の仲間はそんな事は知らない。
 『金魚亭』の仲間は皆、身分を隠した貴族達だった。そこにエスメラルダの父もいたのである。
「今夜は皆泊まって行く?」
 女主人の問いに皆が頷いた。外を見るまでもなく、風の唸る音が外の嵐の強大さを物語っていた。
 そんなところに突然少女が現れたのである。扉を両手で押し開けて、雪と共に。
 少女、エスメラルダの髪は雪が積もって真っ白だった。だが、その瞳の緑はなんという鮮やかさである事か。
 それは、思わずランカスターが目を奪われる程。
 少女の総てが、ランカスターの何かに符合した。鍵が合うように、ぴったりと。
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