エスメラルダ
 カスラの忠誠は今もってランカスターの上にある。
 カスラがエスメラルダの為に部下を間諜として放ち、自身がエスメラルダの身を守るのはランカスターの命令だからだ。
 ───私にもし何かあったなら、お前達はこの娘を主君と戴き、命果てるまで忠義を尽くすべし───
 ランカスターの死後もカスラを縛る命令。
 だが、カスラはそれを守り抜くだろう。
 エスメラルダはランカスターとカスラとの出会いを知らない。どういうものだったのかとランカスターに問うた事があるが答えてはくれなかった。
 レイリエもカスラの存在は知らない。
 そのカスラの事を、エスメラルダは今ではなくてはならないものだと感じていた。
 レーシアーナの初めての茶会での失敗、そして自身の死に瀕したときにわが身を守る武器として何があるかと考えた時、カスラがあった。
 そのカスラがベッドの支柱の元でエスメラルダに「耳を」と言う。
「上がってらっしゃい、カスラ」
 カスラはそっとベッドによじ登るとエスメラルダの耳に小さく囁いた。
 カスラたちが目を離した隙に行われた喜劇。
 そのからくりが明らかにされ、エスメラルダは戦く。
 だけれども、やはりそうであったかという思いの方が強い。
「……我らは追跡を続けようかと思いますがエスメラルダ様にご許可を賜りたく……」
「いいえ」
 エスメラルダはきっぱりと言った。
「もう、放ってあげて」
「なりません! あれは毒です!! 解き放つは……!!」
「そうね、カスラ、お前が声を上げるところなどそう見る事が出来るものではないわ。確かに、あれは毒よ。だけれども、いえ、だからこそ、わたくしはもう係わりあいになりたくないのかもしれない……」
「恐れる事はありません。我々が盾となりましょう。同じ失態は二度と犯しませぬ。御身の怯えはエスメラルダ様の最大の敵です。どうか、追跡の命を」
「あれは蛇だったわ」
 エスメラルダが言った。
「確かに牙には毒があった。あったけれども、その牙はもう抜かれているのよ。もうあれは放っておいてやって」
「後悔なさいますぞ、エスメラルダ様」
「大丈夫」
 エスメラルダは笑った。
「ランカスター様がお守り下さるわ」
「死者に何が出来ましょう?」
 カスラは歯噛みした。
「生者の世界に関わる事は出来ません。死ねば、ただの骸です」
 エスメラルダは眉をしかめる。
「『ただの骸』の命令でお前とお前の一族はわたくしの命令を聞き、わたくしを守っているというの?」
「命を下された時! ランカスター様は生きておいででした!! だけれどももういらっしゃらない!!」
 カスラがほえる。
「今の主はエスメラルダ様です。二度も私達から主君を奪わないで下さい!! 私たちの心のよすが! 生きる目的! 己が仕える主が幸せであれば幸せである程、仕える者達は幸せなのです!! その幸せの為なら私達の命など塵芥のように使って下さって構わない。解りますか? 忠誠を得る者はその命の重みを知り、耐えねばならない。金で買われた忠誠ならともかく、魂かけた忠誠とはそのようなものなのです。どうか、ご命令を!! エスメラルダ様の未来の為にも!!」
 カスラの常にない言葉に、エスメラルダは呆気に取られた。普段寡黙なカスラが。
 そして『忠誠』の重さを知る。
 使用人達の使い方なら解る。だけれども、カスラのような忠誠は……!
「……解りました。ただし、わたくしの命があるまで殺してはなりません」
「は!」
 がっと、カスラは己の左胸を叩いた。
 忠誠のポーズ。それがエスメラルダには重い。しかし、背負わなくてはならない物。
 何故わたくしは殺せと命じないのだろうとエスメラルダは思う。そのほうが手っ取り早いし確実だ。それに、多分カスラもそれを望んでいる。だけれども。
 わたくしは甘いのだわ。
「ブランシール様をよく見張って頂戴。お願いします」
 エスメラルダの言葉に、カスラは優しく笑んだ。
「お願いなどと……ただ命じてくれさえすれば良いのですよ。エスメラルダ様」
「カスラ……」
 お前もわたくしも同じ人なのに命の重みに何か違いがあるとでも言うのだろうか。
 エスメラルダは思うが答えは出ない。
「では、御前、失礼致します」
 すぅっと、カスラは影の中に消えた。
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