エスメラルダ
 エスメラルダに用意された部屋は全部で四室だった。寝室、浴室、書斎、応接室兼居間。
 レーシアーナの部屋もそうだったが約百五十年前に立てられたものらしい。
 城の南翼に今、工事を急がせているのが、華燭の典を挙げてからのレーシアーナとブランシール、その和子、そしてその時までまだ必要だと思われたならエスメラルダも移る事になる建物だった。
 フランヴェルジュ自身は先々代の王、祖父であるリドアネ王の使っていた後宮を整える事にしている。盛大に作らせてはいるが迎える美姫は居ないというのが寂しいところだ。
 誰でも良いわけではないと言うのがフランヴェルジュの欠点だった。
 何故なら正しくその血を後世に伝える事もまた王の役目であるから。
 フランヴェルジュは王失格だった。
 だが、フランヴェルジュはエスメラルダ以外の女に興味なかった。他の女をあてがわれる位なら、自ら男の印を切り落とし、性欲から逃れる事叶った者のみを受け入れる聖ぺラニア教にでも改宗してしまうだろう。勿論、玉座と王冠ごと捨てて。
 周囲は、フランヴェルジュが熱い眼差しで誰を見ているか気付いていない。
 春の夜会ではフランヴェルジュとブランシールが代わる代わるエスメラルダを腕に閉じ込めたが、その後の他の夜会では別の淑女達も腕の中に収めてきた。それが政治というものだと思うと、フランヴェルジュ自身はやりきれないような憂鬱な気分になってしまうのだが。
 周囲はフランヴェルジュが妻を娶らぬ事を温かい目で見守っている。
 フランヴェルジュは政務に積極的だ。それに夢中で女の事など考える余地がないのだろうというのが周囲の一致した見解だった。
 だが、フランヴェルジュは悶々とした日々を送っていた。
 愛しい女はフランヴェルジュの前だと目を伏せてしまう。二人きりになろうとは、全然しない。
 これは流石のフランヴェルジュにも堪えた。
 金髪に金の瞳のフランヴェルジュ。日焼けして金色にこんがり焼けた肌にたくましい胸板。女は蜜にたかる虫のようにやってくる。
 だからフランヴェルジュは知らないのだ。
 ちゃんとした男と女の恋の手順を。
 それは致命的だった。
 相変わらず、朝、兄弟は食事を共にする。
 その時、レーシアーナとエスメラルダも同席するようになった。
 エスメラルダは最初拒んだ。
 わたくしと貴女とは身分が違うわ、と。
 レーシアーナは王弟妃になる女性。
 エスメラルダはその友人として城に招かれているに過ぎない。
 エスメラルダはダムバーグの姓を名乗るつもりは決してない。一生、エスメラルダ・アイリーン・ローグのままでいるつもりだ。婚姻なんてとんでもない事だと思っている。
 エスメラルダは自分の心はランカスターの墓碑の下に埋められていると固く信じていた。そのたぎるような情熱の炎を持て余しながら。
 エスメラルダのその炎に身を投じては燃やし尽くされる男達が多い事多い事。
 だがエスメラルダは燃え尽きた男達の屍を踏みつけてもそれと気付かぬ娘であった。
 本当に。
 エスメラルダとフランヴェルジュはよく似ていた。
 頭の良さ、カリスマ性、その他、人の羨むものを沢山持ちながらも驕らぬ代わりにそれに気付かない。そして恋愛面では十歳の子供より幼い。
 もう、二人ともうすうす気付いている。
 すき。
 その気持ちが一方通行ではない事を。
 フランヴェルジュは思いを伝えた。
 エスメラルダには思いは届いた。
 だけれどもエスメラルダは思いの返し方を知らない。
 だけれどもフランヴェルジュは相手からの思いをもぎ取る術を知らない。
 不器用極まりないのだが食事の席ではまだ会話があった。
 ブランシールが提案したのだ。
 政にも女性的で優しく柔らかな面を取り入れませんかと。
 それ故、そのような事に疎そうなレーシアーナもエスメラルダも参加したのだが、なかなかどうして、エスメラルダは大した政治家であった。老練であり強か。上辺だけの事などすぐに見透かしてしまう。
 レーシアーナは侯爵家令嬢というよりは庶民的な感覚を持ち合わせているので、彼女の意見は皆の盲点を上手く突く。
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