エスメラルダ
その言葉はフランヴェルジュの心に投げ入れられた炎のようなものであった。
たぎる怒りの炎さえ上回る情熱の炎だった。
口づけは止まらない。
まるでお互いがそうなるのを望んでいたかのように執拗に繰り返される。
息も出来ないようなキス。
それでも、エスメラルダはまだ足りないと思った。
身体の奥に薪が燃えているようだ。熱い。
そして、エスメラルダはえもいわれぬ様な気持ちに浸っていた。
その気持ちの名を不幸にしてエスメラルダは知らない。
エスメラルダは幸福に酔っていたのだった。
生まれて初めての全き幸福に。
そしてそれはフランヴェルジュも同じであった。
見よ。
今や恋は叶ったのだ。
これほどまでの昂ぶりを知らない二人は、戸惑いながらも口づける事をやめない。
唇と唇を重ねていなければ息も出来ないような錯覚に襲われる。
今この瞬間、世界は二人で完結していた。
その時───。
「フランヴェルジュ?」
アユリカナの呼ぶ声に気付き、二人はようやっと唇を離した。
まだ足りない。
きっと今のわたくしは物欲しそうな顔をしているに違いないとエスメラルダは思う。
だって、欲しいもの。
フランヴェルジュ様が、欲しい。
その気持ちが、最終的には、所謂性愛の形をとる事まではエスメラルダは頭が回らない。
ただ欲しいという純然たる欲望。
「好きだ、エスメラルダ」
フランヴェルジュはエスメラルダの唇に指を重ねた。それは、何も聞くつもりはないという彼なりの意思表示。
しかし何という夜だろう!
悪趣味なパーティーに、弟の薬物乱用の発見、縛った弟を墓下の牢屋まで連れて行き、それから母親の寝室でキス。
目茶苦茶だ。
だが、それでよかったのかもしれない。
エスメラルダの
『あなたが、好き』
という言葉が無かったらフランヴェルジュには何の救いもない夜だった。
弟が今頃、薬物の禁断症状でのた打ち回っているだろう事を考えると、幸せな気持ちに浸って良いのか迷うところではあるが。
それでも自分の気持ちに嘘はつけない。
「母上、ただいま戻りました」
そう言う声が浮つかないように必死に自身を抑えながらフランヴェルジュは言った。
「すぐにそちらに参ります。母上には今しばしお待ちを」
いうなり、フランヴェルジュはエスメラルダの唇に唇を重ねた。
軽く重ねて、すぐに離す。
離れた瞬間、エスメラルダは唇を押さえられる前に大急ぎで言った。もう一度。
「貴方が、好き」
「これで両思いだな」
疲れた顔をしていたフランヴェルジュが、笑って見せる。幼さが顔によぎった。『王』としての顔を随分と長い事してきたフランヴェルジュの、その表情は何だかエスメラルダには眩しかった。王冠も玉座も関係の無い、『フランヴェルジュ』という一人の男の表情を見て、エスメラルダは胸が締め付けられるような感じがしたのだった。
甘美な苦痛であった。
呼吸の音がやけにはっきりと耳を打つ。
エスメラルダは恥ずかしそうに頷いた。
「……両思いだと……」
言いかけて、エスメラルダは言葉に詰まる。
これは不義ではないのか?
ランカスターに対する不義ではないのか?
それでも気持ちは止まらない。
止まらないから苦悩する。
「何だ? エスメラルダ」
「両思いだと……信じて……」
やっと顔を上げ真っ直ぐフランヴェルジュの顔を見上げたエスメラルダは言いかけた。
未だ身体はフランヴェルジュの腕の中にあった。その身体を抱き締める力が強くなる。
エスメラルダは息が止まるかと思った。
「我が言葉に一片の偽りなし」
告げられた言葉にエスメラルダは何度も頷く。嬉しいのか怖いのか。幸せなのか惨めなのか。ランカスターの事を思い出した瞬間、解らなくなっていた事が総てどうでも良い事のように思えた。
わたくし達は『両思い』なのだ。
たぎる怒りの炎さえ上回る情熱の炎だった。
口づけは止まらない。
まるでお互いがそうなるのを望んでいたかのように執拗に繰り返される。
息も出来ないようなキス。
それでも、エスメラルダはまだ足りないと思った。
身体の奥に薪が燃えているようだ。熱い。
そして、エスメラルダはえもいわれぬ様な気持ちに浸っていた。
その気持ちの名を不幸にしてエスメラルダは知らない。
エスメラルダは幸福に酔っていたのだった。
生まれて初めての全き幸福に。
そしてそれはフランヴェルジュも同じであった。
見よ。
今や恋は叶ったのだ。
これほどまでの昂ぶりを知らない二人は、戸惑いながらも口づける事をやめない。
唇と唇を重ねていなければ息も出来ないような錯覚に襲われる。
今この瞬間、世界は二人で完結していた。
その時───。
「フランヴェルジュ?」
アユリカナの呼ぶ声に気付き、二人はようやっと唇を離した。
まだ足りない。
きっと今のわたくしは物欲しそうな顔をしているに違いないとエスメラルダは思う。
だって、欲しいもの。
フランヴェルジュ様が、欲しい。
その気持ちが、最終的には、所謂性愛の形をとる事まではエスメラルダは頭が回らない。
ただ欲しいという純然たる欲望。
「好きだ、エスメラルダ」
フランヴェルジュはエスメラルダの唇に指を重ねた。それは、何も聞くつもりはないという彼なりの意思表示。
しかし何という夜だろう!
悪趣味なパーティーに、弟の薬物乱用の発見、縛った弟を墓下の牢屋まで連れて行き、それから母親の寝室でキス。
目茶苦茶だ。
だが、それでよかったのかもしれない。
エスメラルダの
『あなたが、好き』
という言葉が無かったらフランヴェルジュには何の救いもない夜だった。
弟が今頃、薬物の禁断症状でのた打ち回っているだろう事を考えると、幸せな気持ちに浸って良いのか迷うところではあるが。
それでも自分の気持ちに嘘はつけない。
「母上、ただいま戻りました」
そう言う声が浮つかないように必死に自身を抑えながらフランヴェルジュは言った。
「すぐにそちらに参ります。母上には今しばしお待ちを」
いうなり、フランヴェルジュはエスメラルダの唇に唇を重ねた。
軽く重ねて、すぐに離す。
離れた瞬間、エスメラルダは唇を押さえられる前に大急ぎで言った。もう一度。
「貴方が、好き」
「これで両思いだな」
疲れた顔をしていたフランヴェルジュが、笑って見せる。幼さが顔によぎった。『王』としての顔を随分と長い事してきたフランヴェルジュの、その表情は何だかエスメラルダには眩しかった。王冠も玉座も関係の無い、『フランヴェルジュ』という一人の男の表情を見て、エスメラルダは胸が締め付けられるような感じがしたのだった。
甘美な苦痛であった。
呼吸の音がやけにはっきりと耳を打つ。
エスメラルダは恥ずかしそうに頷いた。
「……両思いだと……」
言いかけて、エスメラルダは言葉に詰まる。
これは不義ではないのか?
ランカスターに対する不義ではないのか?
それでも気持ちは止まらない。
止まらないから苦悩する。
「何だ? エスメラルダ」
「両思いだと……信じて……」
やっと顔を上げ真っ直ぐフランヴェルジュの顔を見上げたエスメラルダは言いかけた。
未だ身体はフランヴェルジュの腕の中にあった。その身体を抱き締める力が強くなる。
エスメラルダは息が止まるかと思った。
「我が言葉に一片の偽りなし」
告げられた言葉にエスメラルダは何度も頷く。嬉しいのか怖いのか。幸せなのか惨めなのか。ランカスターの事を思い出した瞬間、解らなくなっていた事が総てどうでも良い事のように思えた。
わたくし達は『両思い』なのだ。