エスメラルダ
 マイリーテが使者を寄越した。レーシアーナはエスメラルダに目で問うたが、緑の瞳は真っ直ぐにレーシアーナを見据えてきたので彼女はマイリーテの来訪を許可した。
 使者が帰るなりレーシアーナはエスメラルダに問うた。
「本当に良かった? わたくし、間違えてなかった? 貴女がわたくしの目を見たのは、わたくしを止めるためではなかったわよね? どうか何とか言って頂戴!」
「レーシアーナ、そんなに早口でまくし立てられたら答えに窮するわ。勿論、貴女の判断は間違えていなくってよ」
 エスメラルダは殊更明るく言った。笑いながら。
 カスラから知らせを受け取って六日目。明日、マイリーテは此処に到着するという。
 一週間近い時間があった。
 エスメラルダはその間に祖母と対決する為に心を研ぎ澄ました。
 大丈夫。わたくしは大丈夫。
 エスメラルダは呪文を唱える。
 泰然とあれ、エスメラルダ。泰然とあれ。
 ランカスターからの口伝えの呪文。
 だけれども、それより勇気が出る物が三階の自分に割り当てられた部屋にあるのをエスメラルダは知っている。
 階段を駆け上がってそれを抱き締めたい欲求とエスメラルダは必死に戦った。
 夜、抱き締めれば良い。
 紫檀の箱に金色のリボンで束ねてある手紙達。フランヴェルジュが一日も欠かさず寄越してくるそれら。
 エスメラルダも一日も欠かさず手紙を送っていた。
 それは今までと変わりの無い事であった。
 手紙の内容も変わらず、相変わらず色気の欠片もない。
 だが、手紙の意味が変わったのだ。
 行間から滲み出してくる、『こんなにも愛しい』という想い。それは以前には無かったものだ。
「ダムバーグ夫人がわたくしを訪ねてくる貴族の一人目だなんて変な気分だわ。尤も、あなたに用があるんでしょうけれどもね、エスメラルダ。わたくし達、ちゃんと決めておかないといけないわ。ダムバーグ夫人にどう接するべきなのか」
「どうって?」
「ああ、エスメラルダ。貴女はあんなにショックを受けていたじゃない。それにお母様とお父様のお話もしてくれたわ! 嫌じゃないの? ダムバーグ夫人の事。平気なの? 受け入れられるの?」
 レーシアーナは真剣にエスメラルダを心配しているようだった。
「わたくし……受け入れるつもりはないわ」
 エスメラルダは言った。
「今更祖母ですって言われても困るもの。わたくしは受け入れない。受け入れられない。だけれどもローグ子爵令嬢として、ランカスター様が妻にと選んで下さった者として、威厳を持って接するつもりよ」
 エスメラルダは心の中で付け加えた。
 そうして今、フランヴェルジュ様が選んでくださったものとして、と。
 レーシアーナにも、エスメラルダは小さな恋の成就を伝える事が出来なかった。
 何故だろうと思う。親友なのに。
 だけれども、フランヴェルジュとの事は心の聖域の中にあった。誰にも冒されはしなかった。
 そして、秘める事により、より一層の強さを持って恋が成長していく事をエスメラルダは知らない。
 エスメラルダはフランヴェルジュと結婚するとかそういった事は考えなかった。そういう現実が入り込む余地が心になかったのだ。
「じゃあ、エスメラルダ。わたくしはどうしたら良いかしら? 模範的な女主人として最後まで場を取り仕切って、貴女が孫だなんて一言も言うことが出来る余裕がないようにするべき? それとも、悪阻がひどくなったふりをして一時間でダムバーグ夫人を追い出すべきかしら? それとも、わたくし、席を外して貴女とダムバーグ夫人を二人っきりにすべき?」
 親友の声に、エスメラルダの意識は恋から現実に戻った。
「そうね。どうしてもらうのが一番良いのかしら?」
 少女たちは相談する。
 特に楽しい相談ではなかった。それでも盛り上がったのは二人とも退屈を囲っていた所為もあるであろう。侍女はマーグしか連れてきていない。後は元いた使用人達が二十人。
 話し相手にも不足する中、この騒ぎは不謹慎ながらもほんの一寸だけ、歓迎された。
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