エスメラルダ
 葬儀はエスメラルダの誕生日の前日に行われた。愛妻家であった父は酒でふらふらになっており、ローグ子爵としての一応の体裁は整えてあるが、為すべき事の殆どはエスメラルダが行っていた。それも幼い少女が出張ったという印象を与えずに父親を立てるように。
 おろおろする使用人達を宥めるローグ家の力の塔は母たるリンカだった筈だ。だが、その地位は幼すぎるエスメラルダに言葉もなく受け継がれたのだった。
「さぁ、泣くのはおよし、お前達。母様が心配なさるわ」
 小声でそう侍女達を労いながら黒砂糖の塊を与えて、次々と指示を出す。
 ローグが子爵になる前からの商人達と、貴族達の席を一緒にする訳にはいかなかったし、だからと言って歴然たる差をつける訳にも行かない事をエスメラルダは理解していた。
 父に頼りたかった。
 だが、父はまるで廃人だ。
 役に立たない父にエスメラルダは溜息を噛み殺した。自分がどれ程父を頼りにしていたかを痛感した。
 幸いな事に母方の親戚は誰も出席しなかった。当たり前だといえば当たり前なのだが。リンカは家を捨てた女であるから。
 泣きたくなりながらも、エスメラルダは毅然としていた。泣き腫らした目をしながら、しかし、人前では決して涙を零さなかった。
 涙を流す事が恥だと思ったのもある。だがそれよりなにより、自分が泣けば葬儀の全てが滞ってしまうのだった。
「お前達、弔問にいらして下さった方々はここに記してあります。礼を失する事がないように。暫くここを任せます。母様が愛していらっしゃった胡蝶蘭を取りに行ってきます。何かあったら勝手な判断はせずにわたくしに報告するのですよ?」
「はい」
 十一の娘とは思えぬ頼もしさである。
 だが、エスメラルダはそう育てられた。
 商人に嫁ごうが貴族に嫁ごうが恥ずかしくないよう、そう、育てられた。
 あくまで影に徹して。
 あくまで主人を立てて。
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