エスメラルダ
 エスメラルダは塔の四階にある部屋をあてがわれていた。
 三日後、『ブランシールとレーシアーナと』三人で帰ってくるようになっているのだ。それまでは姿を隠さなくてはならない。
 南翼の工事も思いのほか早く完了したとの事で、王城の中でも新しい部屋がエスメラルダにも与えられる事になっている。ブランシールとレーシアーナが華燭の典を挙げてからの住居の筈であったが事実上の夫婦である事であるからと、シビルから帰ってから早速、そこに住まう事になったのである。
 メルローア人はめでたいことには寛容なのであった。
 エスメラルダは客用寝室として使われている寝室のベッドの上で天蓋を眺めていた。
 正餐の後、やっと一人になれた。
 求婚を受けたのは初めてではなかった。
 エスメラルダほどの美貌である。身分がなくともという男は多かった。醜聞に塗れはしていたが、それが却って男達には良かった。
 相手を選んでいる余裕はない筈だとエスメラルダに求婚してくる者達の多かった事。
 勿論、そんな失礼な男達にエスメラルダが答える筈もなかった。
 だが、フランヴェルジュは違う。
 美しい女なら他に幾らでもいるだろう。
 醜聞とは縁のない美しい女達は山といるだろう。
 だが、彼が求めたのは自分であった。

 こつん。

 石と石とがぶつかるような音がした。
「カスラ。出ておいで」
 ふわりと影の中から女が出現した。
 その右腕はない。
「カスラ!? 一体どうしたの!?」
 血が包帯からにじみ出ている。腕は二の腕の半分から先がなくなっていた。
「命を違えた事に言霊が罰を与えたのでしょう」
 カスラは自嘲げに笑った。
「命を違えたって……レイリエを殺したの!?」
 『真白塔』が炎上する前に馬車で逃げおおせた氷姫。メルローアから出るのがブランシールの出した条件であったとカスラから聞いた。それを守ってくれたら逃がそうとブランシールは約束したのだとカスラは言った。
 蛇を殺すなとエスメラルダは命じた。もう毒の牙は抜かれているのだと。
 今は何処にいるのだろう?
 シビルからの旅は常にレーシアーナと御者も共にいたのでカスラやカスラの手下と会話する事は出来なかったのだ。
 しかし、なんたる失策。何としてでも己一人の時間を作るべきだったのだ!
「レイリエは隣国、ファトナムールの王太子の心をつかむ事に成功致しました。脅威になる前に、再び毒の牙を生やす前に殺してしまおうとしたら王太子ハイダーシュに腕を……不覚です。部下も二人命を落としました」
 エスメラルダはぞっとした。
 カスラの一族を傷つけるだけの技量を持っているだなんて!?
「二人一度に消そうとした結果がこれです。お笑い下さいませ、エスメラルダ様」
 カスラは薄く笑った。
「ハイダーシュは未だレイリエの存在を公表致しておりませぬ。消すなら今のうちです。次はこの様な不覚は取りませぬ。欲をかかずにレイリエだけを仕留めるように致します。エスメラルダ様、命を……どうか」
「……レイリエがハイダーシュの妻になろうと何が出来るというの? それよりも、お前は身体をいといなさい。他にも傷を負ったものがいるのではなくて?」
 エスメラルダの言葉に、カスラは唇を噛み締めた。
「あの女は危険です。何をするか解りません。消すべきです」
 エスメラルダは緑の瞳を眇めた。
「お前はきっと甘いといって怒るでしょうけれども、わたくし自身もどうしてこうも自分が甘いのか不思議になるけれども、でもね、わたくし、レイリエには死んで欲しくないの。ランカスター様の妹として、生きて欲しいの」
「殺められんとしてもですか?」
 押し殺したような声でカスラは問いかける。
 エスメラルダは笑った。
「多分わたくしは今、余りに幸せなのだわ。だからきっと人の幸せも願えるのね。願ってしまうのね。勿論、お前やお前の一族の血をわたくしは忘れないし、ハイダーシュに復讐するわ。わたくしなりにね。そう、寝物語で隣国の金鉱を狙うようにとこの国の王に囁きましょうか? わたくし、求婚されたの」
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