デュッセルドルフの針金師たち後編
ふと見るとショルダーバッグがない。
めったにバッグなんか使わないのに。
現金とパスポートは肌身離さずにが鉄則だったのに。

この日に限って新しいコットンパンツを買ったので、
まさかギリシャでと安心して気取ってみたのがミスだった。
パスポートと小銭の入ったバッグを盗まれた。

まいいか。旅慣れてくるとこのくらいの事には驚かない。
いろいろ書き込んでぼろぼろだったから領事館で真新
しいのに再発行してもらおう。うまくいくだろうか?

窓口の若き外務省の職員さんがとてもいい人で、すぐに
再発行してくれるとのこと。

「皆さんはいいですね、自由に旅ができて・・・・」

とめったに来ない我々みたいな旅行者にひとしきり
愚痴をこぼしていた。

「近くのシンタクマという広場に簡易写真屋さんが
ありますから、そこで写真を撮ってきてください」

二人でそのアテネ、シンタクマ広場へ向かった。
日本ではどこにでもあるような公園内の広場に、
あった、あった、簡易写真屋さん。

赤く塗った木製の脚立にジャバラ式の古い高級カメラ。
黒布にもぐりこんで、向かいの椅子にお客は座る。
ここまでは日本と一緒だ。

「はい、じっとして」

写真屋のおじさんはパッと天空を見上げると、
旧式写真機のレンズのふたをさっと取って一秒、
再びさっとふたをした。

「もういちど。ハイじっとして」

今度は二秒くらい。雲がかかったのだ。
どこにもフラッシュらしきものがないなと思ったら、
これだ。大丈夫かなと思いつつ出来上がりを見て一安心。

もし暗く曇っていたら、とおもうとぞっとする。
安くて楽しい写真屋さんだった。

ギリシャの太陽は真冬でも結構まぶしい感じ。
アランドロンの”太陽がいっぱい”の太陽と同じだった。

再びフライトでイスタンブールに戻り列車でウイーンへ。
すぐに乗り換えてスイスへと向かった。
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