スイートなメモリー
「なんなのよ。学人くん、ここに通って何年になると思うの。なのに今さらこんな『ぼくたちの初めてのSM』なんて本買っちゃうの? あんたいったいなにがしたいのー?」
「学人さん、案外可愛いところあるのですね……。美咲、学人さんを誤解していたかもしれません」
「俺だって買うとき恥ずかしかったんだ!」
ゲラゲラ笑いながら、二人で人の買って来た本を読んでいるのを眺めながら、俺はジントニックをあおる。
肉子を傍らに座らせて。
「隣にいるのが肉子じゃなくて芹香さんだったらなあ」
本から顔を上げて、雪花さんが真面目な顔で俺に問う。
「連れては来られないの?」
「んー。怖がられたらいやだなと思って。女王様とかそういうのはまるきり無縁な人だった訳だし」
「私はこんなに優しいし、美咲はこんなに可愛らしいのに」
「別に雪花さんがどうこうって訳じゃないよ」
美咲が俺の顔をじっと見つめる。
「なに? なんかついてる?」
「いえ。こういう本を買うほど学人さん悩んでるんですかと思って。美咲も、連れて来たらいいのにって思いました」
二人の言いたいことはわかる、ような気がする。
肉子をどけて、雪花さんが俺の隣に座る。
美咲は肉子をもともと居た玄関脇に返して、自分は雪花さんの足下へと寄り添う。
雪花さんは、俺の手を取って冷たい両手で包んだ。
その顔は慈愛に満ちた穏やかな笑顔。
「雪花さん、また俺のこと屑だと思ってるんでしょう」
雪花さんは笑顔のままで首を横に振って俺の言葉を否定する。
誰も、何も言わない。
インタホンが来客を告げたが、美咲は雪花女王に承諾を得るように表情だけで問い、雪花女王は頷いた。
美咲は、ドアも明けずにインタホン越しに来客を帰し、また雪花女王の足下へと座り直す。
女性二人に見つめられて、俺は非常に居心地が悪い。
「ねえ、二人ともさ。言わなくてもわかってますみたいな顔するのやめてよ」
雪花女王がにやりと笑う。
「言わないとわかんないわよ。だからこれからじっくり聞かせてもらうんじゃないの」
ああ、俺はここ数日の自分のわだかまりをさらけ出さなくてはいけないのか。
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