スイートなメモリー
やってきたその人は、普通の人だった。
インタホンに呼ばれてドアを開けたら、普通の人がそこに立っていて、私の姿を見て困惑していた。
私は、胸元を大げさに寄せた黒いエナメルのメイド服、フレアのミニスカートから覗くのはガーターで吊り下げた網ストッキング。ヘッドドレスもつけている。
その人は、濃いグレーのウールコートを羽織っていて、肩からえんじ色のショルダーバッグを下げていた。
ふたりの共通点を無理矢理に探すとしたら、肩より少し長い黒髪ということくらいだろうか。
その人は前髪を伸ばしていて、私は前髪を眉のあたりで切りそろえているけれど。
こちらから中に入るように促しても良かったのだけれど、現れた人があまりにも普通の人過ぎたため少なからず落胆していた私は、無遠慮にじろじろと彼女を眺めてしまった。
「あの……」
普通の人が口を開いた。声も普通だった。
学人さんは、この人のどこになにを感じたのだろうか。
私は雪花女王と目の前の人を比べることすらイヤだった。
このままドアを閉めてしまって、学人さんに「もういいから黙って雪花女王の言うことを聞きなさい」と言ってやりたかった。
けれどそれではこの普通の人が普通の暮らしに戻れない。雪花女王はおそらくそこも考えている。だから私はこの人を中に入れてやらなくちゃいけない。
私が黙っているので、その人はさらに困惑していた。
「三枝さんって……」
声は出さずに身振りで中に入るように指し示す。
その人を中に入れてから、後ろ手でドアの鍵を閉めた。
もともと薄暗い廊下がさらに薄暗くなる。
廊下に置かれた椅子に座った肉子の裸体が白く浮かび上がる。
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