スイートなメモリー
どうして? わかってる。
私も三枝君のことが気になってる。でも自信がないから怖い。
三枝君が、歩み寄ってくれているのに、私は踏み出すのが怖い。
ずっと、無理をして肩に力を入れて「係女王様」をやってきてしまったから。本当のところはなんの取り柄もない、ただ無理をしているだけの前崎芹香を見せることに臆病になっている。
だけど、私の手元にはそんな私の臆病さに「どうして?」と疑問を投げる三枝君の歩み寄りの印がある。
もう一度フリップを開いて、メール作成画面を呼び出す。
「どうして?」
それだけ打ち込んで、意を決して送信ボタンを押した。
途中でクリアボタンを押したくなる気持ちを必死で押さえる。
一分もせずに、受信音が鳴った。

件名。「どうしてって」
恐る恐る、本文を開く。
「気になるから。それくらいは察してくださいよ」
ものすごく、どきどきした。
どう返信するか迷って、打ち込んでは消すというのを繰り返す。
手に汗がにじむ。
テレビの音が気になり始めて、テレビを消した。
返信できずにいるうちに五分ほど経ち、こちらから返信する前に再び受信音が鳴る。

件名。「打診」
本文。「飲みに行きましょう。明日の夜空いてますか」
「予定なんかありません。空いてます」
声に出してしまって自分でおかしくて笑う。
返信しなくちゃ。震える指で返信メールを作成する。
件名。「空いてます」
本文。「終業後に恵比寿駅前で。お店は考えておきます」
送信。
携帯をサイドテーブルの上に置いて、深くため息をつく。
緊張した!
明日は金曜日か……。どこに行ったらいいだろう。あそこがいいだろうか、それともあそこがいいだろうかと、いくつかのお店について考えてみる。
一軒、良い場所があるのを思いついた。
時折女友達と行く、内装の素敵なイタリアンレストラン。少し値段は張るが、だからこそ誰かとばったり鉢合わせするような危険は回避できるだろう。一人で行くには雰囲気的に気が引けるような店だし、一緒に行ってくれる人がいるならちょうどいい。
週末だし、予約しておいたほうがいいかなあと、テレビの横に置いてあるノートパソコンを取り上げたところで携帯の受信音が鳴る。
誰だろう。
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