スイートなメモリー
「良かった! 居てくれた!」
 泣いていたのも忘れて顔を上げたら、トランクスだけ履いて肩からバスタオルをかけた三枝君が、長めの髪から水滴をしたたらせてお風呂場から出て来た。
嬉しそうな顔をしていた三枝君は、私の顔を見て驚いた顔をする。
「どうしたの……もしかして、俺、芹香さんを困らせてしまった?」 
勝手に悩んで泣いていただけなので、なんと言ったらいいかもわからずにうつむいてしまう。
三枝君が近づいてくるのが、気配と周囲の空気が暖かくなったことでわかる。
「帰ってもいい、って言ったけど、本当に帰っちゃったらどうしようって思ってたんだ」
私の頭に、三枝君の手が置かれる。
髪をそっと撫でられる。
私の目の前には、三枝君の裸の上半身。適度に引き締まった色白の肌。若いなあ、と思う。
「芹香さんに嫌われたくないんだ」
見上げたら、困ったような顔の三枝君がじっと私を見ていた。
三枝君に決めてもらいたいと思って待っている私と同じように、三枝君も私に決めてもらいたいと思っているのか。
そうか。怖いのは、一緒なんだ。
少しだけ、ほっとした。
眼鏡を外して、目を閉じてみる。
おそるおそる髪を撫で続ける手に、自分の手を添えて、口元まで導いて口づける。その手に力がこめられたのが分かる。
三枝君の両手が私の頬を包む。私は目を閉じたまま。
「ごめんね芹香さん。俺、まだ芹香さんを好きだって言葉にしてしまうのは怖いんだ。だから、興味があるってしか言えないんだけど、それは嘘じゃないんだ。芹香さんからしたら、ずるいって思うよね。でもね、泣いているのを見たら可愛いと思うし、ええとなんていったらいいんだろう」
いいかげんじれったくなる。これをわざとやっているんだとしたら相当だ。こうやって女の方がリードするような形にもっていくんだろうか。
いたたまれなくなって目を開けて、頬を包んでいた三枝君の手を外して立ち上がる。
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