スイートなメモリー
「三枝君」
「はい」
 スーツを着たままの私と、バスタオルとトランクスだけの三枝君が向き合う。
「そういうのいいから」
「前置き長くてすみません。キスします」
「前置きだったんだ!」
抱きしめられて、キスされる。
久しぶりに感じる他人の体温が心地よい。
唇を吸い、舌を絡めあい、肩を抱く手に力を入れる。
キスが合わなければ、その人とは身体も合わないだろうから、ベッドを共にする前に必ずお試しのキスをした方がいいと、女性向け雑誌の恋愛ハウツーに書かれていたのを思い出す。
最初のデートで身体を許すのは良くないとも書かれてた。
セオリーどおりに進めるのがベストなら、今日の私の行動はベストじゃない。
けれど、このキスなら間違いないと思った。

脱がされたジャケットが床へと滑り落ちる。
三枝君の右手が、私のブラウスの胸元へと移動し、襟のリボンをほどき、ボタンをはずしてゆく。
左手が、背中を撫でさすり、ブラジャーのホックを見つけた。
ダメです。このまま流されてはいけない。
シャワーくらいは浴びさせて。
こんな時だけ意志をはっきりさせるのもどうかとは思ったが、意を決して三枝君の右手を押さえ彼から離れる。
三枝君が一瞬で捨てられた子犬のような目を見せる。
「どうしたの? なんかイヤだった?」
思わず笑ってしまう。
床に落ちているジャケットを拾い上げて、壁に取り付けられているハンガーラックのハンガーにかけ直す。
「イヤじゃないから、シャワーを浴びさせて」
「そっか、そうだよね。ごめん。焦りました」
お風呂場に行く前にちょっとだけ反撃することにする。
「出て来て三枝君が居なかったら、私きっとまた泣くから」
「帰らないよ! コーヒーでも飲んでおとなしく待ってますからごゆっくりどうぞ」
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