渇望の鬼、欺く狐
 小さく震える体は、また幼児が涙を流している事を意味するのだろう。

 それを理解しながら、やはり狐には幼児にかける言葉が見当たらない。

 狐は傷付いた者を励ます方法など知らなかった。

 これまで幼児を幾度となく励ましてこれた事は、幼児が前向きな気持ちを携えていたからだ。

 こうして傷付いている時になど、励ました事もなければ、励まされた事も一度もない。

 故に、抱きしめる事しか出来なくて。

 鼻を啜る音を止めてやりたい、と。

 着物に染み込んでいく涙を止めてやりたい、と。

 そう思っているのに。

 幼児に対しての申し訳なさと自分への無力感。

 それらは狐の胸中で交錯し、狐自身を苦しめる。



「……っ、ゆ、き……」



 呼吸を乱しながら声を放った幼児に、視線で先を促した狐。

 その理由もまた、どんな声を放てばいいか、狐にはわからなかったのだろう。

 心を落ち着かせてくれるような、優しい声の放ち方など。

 狐はこれまでに、一度も試みた事などなかったから。



「んで……? 何で俺は行っちゃいけないの……?」



 震えた声で懸命に言葉を紡ごうとする幼児を目に映すだけで、狐の胸には痛みが増していく。

 それでも答えてやらなければいけないのだろう、とも狐は思った。

 どんな声を、言葉をかけていいかもわからないのなら。

 せめて聞かれた事には、真摯に答えてやらなければ、と。
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