渇望の鬼、欺く狐
「……藍も言ってたけど。お前はまだ五歳だろ? 人里はな、ここから物凄い離れた場所にあるんだ」


「俺、歩けるもん……」


「歩けるかもしれないけど。藍はお前の事、心配なんだよ」



 狐のかけた言葉に、微かに首を傾げた幼児。

 狐が着物の袖で涙を拭っても、幼児の目からはまた涙が流れ落ちる。

 その事実は、未だに狐を苦しめるけれど。



「お前が遠くに出かけて、何かあったら大変だろ? だから藍は、きっとお前を――」


 お前を結界から出したくないんだ。



 そう言いかけた狐は、咄嗟に言葉を噤んでしまった。

 言っても構わないのだろうか。

 結界の存在など、幼児は知らないかもしれない。

 そもそも結界という言葉すらも、知ってるかどうかもわからないのに。

 思い悩む狐へ、幼児は不思議そうな表情を向ける。

「……雪?」と、泣いた為に掠れてしまった声で、狐を呼びながら。



「……いや、何もない。……旭、お前にいい物見せてやろっか」



 最終的に結界の存在について、幼児には告げなかった狐。

 真摯に答えなければ、と思っていた狐の思考を覆す程の理由など、狐にしかわからない。
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