渇望の鬼、欺く狐
「父ちゃ……」



 やっぱり、この木の下はやめよう。



 少年は、狐にそう告げようとしていたのだ。

 だけど少年が振り返っても、狐はすでに隠れてしまったのか姿が見えずに。

 指定された木を、勝手に違う木に変更する事への躊躇い。

 それは少年に備わった、素直さ故だろう。

 やがて少年は、一つ息を吐く。



 大丈夫。

 ただの気の所為だ。



 自分に言い聞かせ、足を踏み出す為に。

 少年が、気の所為だと自分に思いこませる要因など、いくらでもあったように思う。

 目に映る景色にしても、踏みしめる地面にしても。

 視覚的には、何ら一つ、おかしい部分などないのだから。

 全ては、少年の心の中に生まれた、違和感という実体のない感覚による物。

 未だ少年の胸中を渦巻く気味悪さ。

 一歩足を進める毎に、気味悪さは肥大していくけれど。



 大丈夫。

 俺は男だから。

 だから平気なんだ。



 いつか、狐と約束してからというもの。

 鬼の前で泣いた事を最後に、少年は涙を見せなくなっていた。

 それはいつしか、少年の中で自信となり。

 芽生えた自信は、確実に少年の心に強さを与えていった。 
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