渇望の鬼、欺く狐
 眼前に辿り着く大きな木。

 最後の一歩を踏み出す事に、勇気が必要になってしまう理由は、一体何だと言うのだろうか。

 無意識に深呼吸を繰り返した後、少年は意を決したように、大きく一歩踏み出した。

 大きな木に、少年が手を伸ばし触れる。

 何も変わらない。

 いつも自分が触れてきた自然の感触と、同じ感触が手の平を伝う。

 どこか遠くの方から聞こえる、見た事のない鳥の鳴き声も。

 視覚も聴覚も触覚も、全て自分の知っている物と変わらないのに。



「……っ、ぁ、あ……」



 どうして。

 こんなにも激しい動悸が起こっているのだろう。

 動悸だけではない。

 眩暈が酷い。

 冷や汗が滲む。


 怖い。


 何が?

 わからない。

 わからないからこそ、余計に怖い。



 少年を強く襲う不安は、少年の足を先程の位置まで戻そうとする。

 たった一歩踏み越えるだけの距離は。



「君! 大丈夫か!」



 突如少年の耳に届いた声と、体を強く掴む手により、戻る事が出来なくなってしまった。
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