渇望の鬼、欺く狐
「いいか、動くな。この子を助けたいなら抵抗するな」



 残酷で非情。

 それが鬼の定義であるならば。

 今この場で「鬼」と呼ぶに相応しい生物は、一体どの生物だっただろうか。



「私を殺せば……、その子には、絶対手を出さないね?」



 額から二本の角を生やし、自分の身よりも少年の身を案じ続ける、生物学上の鬼か。



「あぁ……、約束だ」



 目を血走らせ。

 最早少年の身を案ずる事よりも、少年を利用し、鬼を殺めようとしている人間たちの方か。

 その答えなど、きっと誰にわかるものでもなかった。

 ただ言える事は。



「……っ、だ、嫌だ……、めて、やめて……」



 少年が恐怖し、体と声を震わせる対象は。

 前者ではなく、後者という事実。


 少年を捕らえる男以外の者が、手にした太い枝を鬼へと向けて。

 じりじりと鬼との距離を詰めていく。

 その様子を目に映しながら、再度鬼は少年へと口を開いて見せた。



「旭、大丈夫だから」



 自分が持つ愛情と慈しみの全てを、その声色に乗せて。
< 183 / 246 >

この作品をシェア

pagetop