渇望の鬼、欺く狐
 一人の男の目が、躊躇いを振り切った。

 大きく腕を振り上げた男は、腕の先にある太い枝を思い切り強く鬼へと打ちつけて。

 それは他の男たちへの、合図ともなった行動。

 一人、また一人と男たちは腕を振り上げる。

 一度枝を打ちつけてしまえば、躊躇いは消え去ったのか、男たちは無遠慮なまでに鬼を枝で殴りつけた。



「ぁ……、や、だ……やだ……母ちゃん……母ちゃん……」



 複数の男たちに、母親でもある鬼が痛めつけられている。

 暴力的な行為など、少年はこれまでに目に映した事がなかった。

 それ故に、これまでよりも強い恐怖と、男たちへの拒絶が体を支配していくのに。



「お、ねが……、めて……止めて……」



 自分は縋る事すらまともに出来ずに。

 ただただ大切な存在が殴りつけられている光景を、目に焼き付ける事しか出来ないでいる。

 目を逸らしたい。

 逸らしたいけれど、逸らせない。

 鬼が自分の為に殴られている事を、少年は理解していた。

 未だ振り解く事の出来ない男の腕。

 いつか狐と約束したあの日から、流す事のなかった涙が少年の頬を伝って。

 少年の心の底から、自己嫌悪が這い出した。


 
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