渇望の鬼、欺く狐
 俺の為に、母ちゃんが殴られてる。

 俺が殺されない為に。

 母ちゃんが殺されようとしてる。

 泣かなくなったって、強くなったわけじゃなかった。

 ちっとも強くなんかなかった。

 だって俺は何も出来ないじゃないか。

 母ちゃんを守る事が出来ない。

 こいつの腕を振り解く事も出来ない。

 俺は。

 何てちっぽけなんだろう。



 自己嫌悪は虚無感を呼び起こして。

 少年の絶望を強く煽り、心を支配する。

 少年の心が砕ける、その瞬間。



 ――旭。



 少年の頭の中。

 脳に直接届く声は、もう一つの聞き慣れた声。

 咄嗟に少年が周囲を見渡そうとも、その姿は映らない。

 だけど、またその声は少年の脳へ響いたのだ。



 ――藍を助けるんだ。



 無理だよ、と少年は思う。

 それが出来ていれば、すでにそうしている。

 出来ないからこそ、今自分の心は砕けようとしているのだから。 
< 186 / 246 >

この作品をシェア

pagetop