渇望の鬼、欺く狐
『それ以上、口にしてはいけないよ』



 どうして。

 返したい言葉は、口元を覆う手元故に、言葉として出す事は出来ずに。



『……私はね。お前が思ってる程、優しくはない』



 困ったように笑う楓を美しいと、こんな時ですらそんな事を思った。



『……逃がしてやれなくなる』



 躊躇いながら、小さく落とされた言葉。

 その言葉は、私に楓の手を握らせた。

 楓の手は、案外にも簡単に口元から下げる事が出来て。



『逃がさないでよ……』



 先程のような勢いを見失いながら。

 それでも伝えた本音は、楓の表情を更に歪ませた。



『私は鬼だよ……?』


『人間は駄目?』


『誰からも祝福なんてしてはもらえない。私には……、お前を幸せにする事なんて、出来ないんだよ』


『誰の祝福もいらない。楓が居たら、それだけで幸せなの』



 一度俯いた楓の視線が、再び私を捕らえた時。

 その目には、躊躇いの中に、微かな決意が浮かんでいるように見えた。
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