渇望の鬼、欺く狐
『駄目なわけないよ。じゃあ、今度は私が名前を付けてあげようか』



 大きく頷けば、楓は私を抱きしめながらに、私の髪へと触れて見せた。



『――藍』


『藍?』


『そう。ほら、お前の髪はとても綺麗な藍色だから。この名前が良く似合うだろう?』



 髪を褒められた事も、勿論嬉しかった。

 だけど何よりも嬉しかった事は、私を表す物から、名前を考えてくれた事だったように思う。

 楓に貰った名前を、一生大事にしていこうと強く心に決めて。

 楓の体温と、甘く深い楓の香りを堪能しようと、その胸元へと擦り寄った。



 私が楓との子を宿したのは、そこから数年程してからの事。

 楓は栄養をつけるようにと、森で私が食べきれない程の果物を採ってきたり、動物を捕まえては火を起こして調理したりと、慣れない事にも積極的に取り組んでくれていた。

 懸命な楓が愛おしくて。

 折角採ってきてくれたのだからと、私も出来るだけ果物や調理された肉を口にして、宿った命が無事に外に出てくる日を心待ちにしていた。



『ほら、藍。しっかり食べないと、腹の子が育たないよ』


『もう、お腹いっぱいだよ。楓は? 食べない?』



 楓と過ごしてから知った事だが、楓は物を食べなくとも平気らしい。

 妖力という物が体に備わっているお陰で、空腹や眠気を感じる事もないのだと言う。

 鬼という生物が、他の生物よりも強い妖力を持つ事。

 寿命の長さも、これまでの間に楓に教えてもらっていた事だった。
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