渇望の鬼、欺く狐
 旭が生まれて、三ヶ月程した頃の事。

 この頃になると、旭はふくよかなまでに肉付きを良くしていた。

 一度吸い付けば、中々離される事のない胸。

 お陰でこちらは、貧血や空腹が続く事が日常的になったけれど。

 その分、旭が大きくなる事を思えば、それは苦痛になどならずに。


 何もかもが楽しかった。

 大声で泣く旭に子守唄を歌いながらあやす事も、旭のおしめを換える事も。

 もっとも、裁縫道具なんて持ち合わせていなかった為に、旭のおしめは私が持ってきた着物を、楓に丁度良い大きさに何枚かに破いて貰う事で代用していたのだけれど。


 その日、楓はいつものように、私が口にする物を森へ採りに行ってくれていた。

 そして私もまた、いつものように社の外で旭に日光浴をさせて、楓の帰りを待っていたのだ。

 首が据わり、こちらがあやせば、声を上げて笑う旭が可愛くて。

 旭を笑わせる事に夢中になっていた時。

 カサリと、地面に落ちている葉を踏みしめたような音が、耳を掠めた事に気付く。

 視線を向けても、そこには誰も居なくて。

 旭が腕の中で身じろぎした事で逸れた注意と共に、私はその音にはもう、気を留めなくなってしまった。

 気の所為だろう、と。

 自分の中で、そう片付けて。


 今でも後悔している。

 もし私がこの時、きちんと注意を保たせていれば。

 戻ってきた楓に、報告していれば。

 あんな事には、ならなかったかもしれないのに。
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