渇望の鬼、欺く狐
『藍!』


『来るなよ! 近付けば、先にこいつから殺すからな!』



 男は懐から布で巻かれた物を取り出すと、すぐにその布を取り去った。

 姿を現した出刃包丁の刃が、首へと宛がわれて。

 硬質な感触は、私の背筋に冷たい感覚を駆け抜けさせる。

 旭を取られた状態で。

 私の首に刃を当てられた状態で。



『私なら……どうなっても構わないから……。だから頼む……藍と旭だけは、助けてやってくれ……』


『楓!』


『駄目だ! こっちの化け物も殺さなきゃならない!』


『だったら!』



 楓にとって、その決断は最後の選択だったのだろう。



『……せめて。藍だけでも、生かせてやってほしい』


『か、えで……?』


『藍は人間だ。私が攫ってここへ連れてきた。化け物じゃない』



 楓の言葉が、理解出来なかった。

 もしかしたら、それは脳が理解しないようにと起こした、拒絶反応だったのかもしれない。

 なのに初めて目に映した楓の涙が、痛い程に胸を締め付けて。

 徐々に理解を抱く楓の言葉に。

 苦しさを覚えながら、私は無意識に口にしていた。



『……っ、……や、だ』
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