渇望の鬼、欺く狐
『藍』



 耳を掠める声は、いつだって耳に心地良さを与えてくれていた、柔らかで温かな物。

 もっとその声を、耳に届けたいと思ったのに。

 楓はそれ以上、言葉を紡いではくれなかった。

 涙を流しながら、口元で微笑んで。

 首を横へと振って。



『嘘だ! こいつだって、もう化け物になってるに決まってる!』


『お前たちは同族に手をかけるのか? 人間とは、随分残酷だな』



 楓からの返事に言葉を詰まらせた後、男たちは再度口を開いた。



『本当に……こいつは化け物になってないんだな?』


『あぁ。藍の額には、角なんてないだろう?』



 いつの間にか人数を増やした男たちが、皆その手に包丁を持ちながら、ゆっくりと楓へと近付いて行く。

 数人は旭を取り囲み、その手にはやはり包丁を携えていて。

 私はまた男の手を離れようと体を捩らせたけれど、渾身の力を込めてもそれは叶わない。

 先程噛み付いた事もあってか、男の手は腰辺りで回されていた。



『あいつらを殺すまで、お前にはここに居てもらう』


『い、や……、嫌、嫌! 楓! 旭! や、だ! 止めて! 止めて!』



 惨めだった。

 何も出来ない自分が。

 無慈悲でいて残酷な光景を、目に映す事しか出来ない自分が。

 惨めで無様で。

 どう仕様も無かった。
 
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