渇望の鬼、欺く狐
 一瞬、言葉を詰まらせた鬼は、無意識に神の存在を頭に掲げていたのだろうか。

 すでに人間ではなくなったにも関らず。

 神などという存在は居ないのだと、過去に悟ったにも関らず。



「お前は……、旭の人生を狂わせたんだぞ……」



 それでも口を開いてしまう理由は、狐のした事について、納得が及んでいないからなのだろうけれど。



「狂わせたとしても。それをどう思うかは、旭次第だよ」



 狐が逸らした視線の先。

 いつの間にか、少年は呆然とした目を携えたままに、こちらへと歩み寄ってきていた。



「母、ちゃん……」



 少年の口から、小さく発せられた言葉。

 鬼が少年の名を呼び返した時。

 それは合図となり、鬼と少年は、互いに手を伸ばし抱きしめ合う。

 鬼の腕に伝わる少年の感触。

 過去とは違い、自分を抱きしめる力も鬼の感情を揺らして。



「母ちゃん……、ごめん、ごめんね……」



 耳を掠めた少年の謝罪に、鬼は咄嗟に返していた。



「何でお前が謝るんだい……? 謝らなければいけないのは……、私の方だよ」



 人間としての人生を、守りきってやれなかった。

 この先、鬼として何十年、何百年と時を刻む事を決定付けてしまった。

 人間として生きる最期の瞬間まで、見届けてやるつもりでいたのに。
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