渇望の鬼、欺く狐
「町に行って布を買ってきてもらいたいんだ。絹製の物を。あと、これに合う着物と米を頼めるかい?」



 こちらの言葉に、雪はピタリと体と口の動きを止めて見せる。

 まるで心底驚いたとでも言いたげな表情を浮かべながらに。

 その表情が一度無表情になれば、雪は地面を踏み鳴らしながら私との距離を詰めた。



「なぁ、藍。何考えてんのー?」



 正面から抱きつこうとしてきた雪を咄嗟にかわせば、背後から体に回された腕。

 赤子を抱いたままに雪の方へと振り返れば、すでに雪の口元はニヤニヤと笑みを携えている。



「まさか、それ育てようとか思ってる?」


「文句あるかい?」


「えーあるよー。だってさぁ、今まで俺と藍の二人っきりで、仲良くやってきたじゃん。何でそんな泣くしか出来ない奴に、邪魔されなきゃなんないのー?」


「二人っきりで仲良く、は心外だね。お前が勝手に懐いてきただけだろう?」



 こちらに頭を擦り寄せる雪をあしらいながら答えてやれば、雪は「ふーん」と口にして。

 そして私へと告げた。



「でもさ、藍。――鬼が人の子を育てるなんて変だよ?」
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