渇望の鬼、欺く狐
「やっぱり藍は、俺よりそいつのが可愛いんだ」


「……雪」


「どうせ俺は一人で歩けるもんね。一人で寝れるし」



 ……拗ねてしまったか。



 鬱陶しいと思う事はなくなったと感じていたにも関らず、溜息が零れてしまう。

 その理由はきっと、雪の気分の浮き沈みの激しさによる物なのだろう。



「雪」



 声をかければ、雪の視線がチラリとこちらへと向けられる。

 その事を確認してから、腕の中で私の髪を引っ張り遊ぶ旭を、雪の方へと差し出した。



「ほら」


「え……、え……?」


「お前も抱いてやったらどうだい? まだ一度も抱いた事がないだろう?」



 訊ねれば、途端雪は動揺しだして。



「あ……や、あの……、俺、人間の赤ん坊とか抱いた事ないし……」


「首も腰も据わってるんだから。落ちないように支えてやれば問題ない」


「え、あ……駄目! 駄目だよ、うん……。俺はやっぱりほら……藍に抱き着く方が合ってるから……」



 ここまで雪が動揺を見せる事も珍しく、無意識のうちに自分が少し笑っている事に気付く。



「……笑わなくたっていいでしょー」


「すまないね。お前のそんな姿は珍しいから、つい」



 雪は口を尖らせたままだけれど。

 さりげなく私の着物の袖を掴んでいて。

 拗ねた雪と、腕の中でキョトンとする旭。

 そんな二人を見ながら、心はやけに穏やかだった。 
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