渇望の鬼、欺く狐
「旭?」



 こちらへと疑問を向けた雪の頭には、もう獣の耳は存在しない。

 その代わりに人間の耳が備わり、背中から覗いていた四本の尻尾も消えていた。

 人化の術を施す事の出来る雪は、こうして度々人間に化けては町へ行き、幻術で葉っぱや木の実を金に見せて、買い物を楽しんでいた。

 とは言え、完全な人間体になるには妖力もかなりの量が必要らしく、それでも人間の手足を気に入る雪は、耳と尻尾を残したままの半人化の術を施した状態で過ごす事が多い。

 自分が行けたら、とは思うものの。

 私では自分の額に生えた二本の角を消す事は出来ないし、どう仕様も無い。



「名前ぐらいは付けてやらないといけないだろう?」


「何で?」



 耳に届く疑問。

 こちらからも視線で疑問を伝えれば、雪は先を紡いだ。



「何で旭?」



 赤子を抱く手が、無意識に先程目にした刺繍を覆う。


 何で。

 それはあまりにも安易でいて、単純極まりない理由。



「何となくだよ」



 こちらの回答に雪はまたも「ふーん」と答えて。



「ま、いいけどねー。別に何でもー。とりあえず行ってくるね」



 そこまで言い終えた後、木立の中へと姿を消した。
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