渇望の鬼、欺く狐
 辿り着けぬ答えは、狐の心情を乱す。

 その声からも表情からも、存在全てから逃げたいと感じているにも関らず。

 未だ狐の手には、赤子の体温が伝わっていた。



「二人とも、待たせたね」



 耳に届く声に、狐は我に返って。

 それと同時に、赤子は狐の膝の上から退いた。



「かーちゃ、かーちゃ」


「お待たせ、旭。飯を持って来たよ」



 鬼が赤子に向けて「母さんはね」と話しかけだした事で、いつの間にか赤子は鬼を「かーちゃ」と呼ぶようになった。

 赤子がそうして鬼を呼ぶ度、鬼は嬉しそうに笑って。

 鬼のそんな笑顔を見る度に、狐は嫉妬心と独占欲でむせ返りそうにすらなっていたのに。



「雪? どうした?」



 今、その光景を目に映しても。



「あ……、ううん、何でもないよー」



 込み上げる感情を感じる事はない。

 それどころか。

 急に温度を失った赤子の背中を支えていた手が、どうしてだか酷く冷たく感じられた。


 
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