渇望の鬼、欺く狐
 古い社の扉を開ける。

 どこもかしこも傷んでしまっているが、この場所は決して嫌いではない。



「ただいま」



 声を放ったところで、誰かの返事などあるわけでもないけれど。

 だけど私は、もう何十年もここに戻ってくる度にこうして声を放っていた。

 社の中へと進み、そっと室内に旭を下ろす。

 途端、眠っていたハズの旭はまた泣き声を漏らし始めた。

 胸元をとんとんと規則的な速度で叩いてやっても、泣き声が止まる事はない。

 それどころか、声は大きくなる一方で。

 また口を伝う溜息を止める事もせず、旭を腕に抱き上げた。

 横抱きにして背中を叩いてやれば、少しずつ治まる泣き声。

 そんな旭に思わず安堵しながら。

 旭を抱いたままに、壁に凭れるようにして腰掛けた。

 頭を撫でて、鋭い爪で傷付けてしまわぬように、関節部分で旭の頬に触れる。

 一瞬身じろぎした旭は、すでに落ち着きを取り戻している様子だった。

 無意識のうちに、安らかな寝顔に見入っていると気付く。

 静かな空間の中、耳を掠めていく木々の揺れる音。

 微かにだけ届く鳥の鳴き声や、獣の鳴き声も。

 それらは、いつだって私の心を落ち着けて、眠りを誘うものだった。

 ゆっくりと落ちる瞼を自覚しながら。

 腕に抱いた旭が落ちてしまう事のないように、ほんの少しだけ腕に力を込めた。
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