シャクジの森で〜青龍の涙〜
けれど、いくら今はマズイ時だと言われても、迫力たっぷりでいけませんと言われても、エミリーには譲れないのだ。


このまま塔に戻れば、シリウスは今日の任が終了するまで小用以外は警備だまりから出ることがない。

常にエミリーの動向に気を向け、呼ばれればすぐに対応しなければならない結構ハードなお仕事なのだ。

専属護衛となってから今まで、一度たりとも場を空けたことがなく、その任務に忠実なところはアランやウォルターから一番の信頼を得ている。

すぐに医務室に行かないだろうことは、考えなくても断言できてしまう。



傷口の血は乾いてきているとはいえ、モノはシャルルの爪だもの、急いで消毒しないと化膿してしまうかもしれない。


そう思って、もう一度強めの態度に出て「いけません」と頑なに言うシリウスに対し「いいえ、いきます。どいて下さい。これは命令なの」と押し問答してるところに、前方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。



「そこで何を騒いでいる」



凛とした響きはアランによく似ているけれど、少しソフトな感じの声。

これは、この声は・・・。



「あぁこれは。全く何て事なんだ。会いたいという私の願望が見せた、錯覚か?そこにいるのは、もしかしなくとも、エミリーじゃないのか」

「―――パトリックさん」

「君に会えるとは、信じられないな。今日は幸運な日だ。王子妃殿、ご機嫌は、いかがですか?」



胸に手を当て物腰柔らかに少し頭を下げるパトリック。

王族特有のアランよりも短めの銀髪がさらりと揺れ、ブルーの瞳が優しげにエミリーを見つめる。

場は城内だとはいえ、パトリックがエミリーに会える確率は、常に、非常に低いのだ。



「こんにちは。今日は少しあたたかいわ。パトリックさんはお散歩ですか?」

「あぁ、いい天気だからね。気分転換に出てきたんだ。今日は少しばかり忙しすぎてね・・・だが、どうしたんだい?君は今、講義の時間じゃないのか。ここに来たらダメだろう?アランに、叱られる」

「あ、違うんです。これは決してサボっているわけではなくて・・・えっと、さっき、シリウスさんがケガをしてしまったの。だからわたし―――」

「ふむ・・・シリウスが、怪我を?」



パトリックはちらっとシリウスの状態を見、首を傾げつつ自らの頬をツーとなぞり、訝しげに呟いた。



「それ、何があったんだい?君らしくないな」

「はい。長官殿。とんだ失態、申し訳ありません」



そう言って深深と頭を下げた後に、シリウスは視線でエミリーの腕の中を示した。

そこには、艶々の毛玉のような塊があり、パトリックの瞳には布だと映っていたそれが、もそもそっと動いた。

信じられない現象に、パトリックの思考が一時止まる。



「あの、パトリックさん。シリウスさんは悪くないんです。これは、わたしのせいで―――」

「・・・ん?あー、ちょっと待った。・・・・エミリー?それは、一体、何かな?」



長い指が、ス・・と腕の中を指し示すので、エミリーは散歩中に起きた出来事を詳しく話し始め、ついでにお願もしてみた。

と。

パトリックの表情が渋くなり「参ったな、医務室か―――」呟きつつも、エミリーの要望通りに動けるよう速やかに手配を始めた。
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