シャクジの森で〜青龍の涙〜
特別な用事がない限り、足を踏み入れることがない政務塔。

女性が入るには、戸惑いを感じる場所。

エミリーはそこの玄関脇で立ち止まってしまった。



「こんなに、活気があるところだったかしら・・・」



以前来たのは、年の暮れの雪がしんしんと降る寒い夜だった。

どうしてもその日の内にしたいことがあって、仕事中のアランを訪ねて執務室に行ったのが最後。

あの時は業務も終了していて暗く、怖いくらいにひっそりと静まり返っていたけれど、今は日がさんさんと照る日中真っ直中、どこの部所も絶賛業務中だ。


玄関はたくさんの人が出入りしていて、中はかなり混雑しているように思える。

傍らにある窓からこっそり中を覗き込めば、高官たちが忙しげに各部屋を行き来し、廊下には普段はいないような感じの貴族らしい人の姿がたくさん見えた。

それに、バタバタと走ってる兵士もいたりする。


こんな中に入っていったら、シャルルが怯えて腕の中から逃げだしてしまうかもしれない。

そうなれば最後、この広い城の中なのだ、見つけるのも大変だし捕まえるのにも苦労してしまう。

せっかくシリウスが怪我をしてまで捕まえてくれたのに・・・。



「ねぇシャルル?おねがいだから、大人しくしていてね?」



声を掛けると、当のシャルルは耳をピクリと動かしただけで他には何の反応もしない。

猫にしては、結構性格が安定しているほうだし、何といっても、あの白く何もない世界の狭間をたったひとりで越えてきたのだもの、度胸は猫一倍あるはず。

きっと大丈夫だろうと、半ば無理やり判断して前に進もうとしたところ、大きな背中に進む先を阻まれてしまっていた。



いつの間に前に出たの?

しかも、なんだかとても怖い気を纏っているようで・・・。



「・・・あの、シリウスさん?」

「エミリー様。先に部屋に戻りましょう。私ならばご心配なさらぬよう、お送りした後すぐに医務室に行きます。アラン様には伝言申し上げればよろしいでしょう。私もうっかりしておりました・・・今は、少々不味いようです」



そう言いながらシリウスは瞳を鋭く光らせて一点を凝視し、何かからエミリーの身体を守るように庇いつつ政務塔から少しでも遠ざけようとジリジリと動いていた。

なのでエミリーも自然に後退りをしながらも、鍛え上げられた逞しい背中を、なんとか押しとどめる努力を始める。



「でも。帰ればあなたは持ち場をはなれることが出来ないはずだわ」



そう言えば、シリウスはくるんと振り返って瞳をきらりと光らせ「そんなことはありません」と低い声を出した。

それがなんとも迫力があって、いつもにないことに一瞬怯んでしまう。
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