シャクジの森で〜青龍の涙〜
「あの・・・」



名前を覚えておけばよかったと後悔しつつ、とりあえず声を出しながら中に進み入ると、メイドたちの声が一層大きく聞こえてきた。

手前にどっしりと鎮座する大きな戸棚の向こうのそのまた奥にいるようで、ちらっとも姿が見えない。


とにかく傍まで行ってカップを手渡そうとして歩いていると、「あー、もう!!」と、メイドの一人が立腹した様な大声を出したので身体がビクッと大きく震えた。

叫び声は出なかったもののカップを落としそうになり、わたわたと手を動かして何とか持ち直す。



「やっぱり、私、我慢できませんわ!」

「まあミランダ、いきなり何のことですの?仕事のことならば仕方ありませんわ。この城の人員が少ないんですもの」

「シルリー、何を言いますの、そんなことではありませんわ。さっきのことです」

「さっきのこと?」

「ええ、あなたたち、ご覧になりました?この国の王女様のご様子!」



エミリーが、ふぅ・・と息をつき、ドキドキとする胸を押さえてひたすら宥めている間にもメイド達の会話は進んでいき、意外な言葉が聞こえてきたので、ぴたりと動きを止めた。

この国の王女様といえば、ビアンカのこと。

エミリーの胸に、あの歪んだ真っ赤な唇が鮮明に蘇ってしまう。

忘れかけていたのに。

彼女が、また何かしたのだろうか。



「えぇ。ビアンカ様でしょう?勿論見ましたわ。一体何なのでしょう。私は遠目から見ただけですけど、とっても気分が悪くなりましたわ!でも。その時一緒にいたルーベンのメイドによりますと、毎年あんなご様子らしいですわよ!?」



話しているうちに気が高ぶってきたのか、シルリーの声がどんどん荒くなっていった。

ミランダと一緒に、本当に何てお方なのでしょう!と叫ぶように言い合っている。



「まあ、お二人ともそんなに声を荒げて。一体何をご覧になりましたの?」



それを違うメイドが、まあ落ち着きなさいな、と宥めている。

どうやら、ミランダとシルリーともう一人で作業をしているらしい。



「ご出発なさる準備中、アラン様に、ぴたーーっと、くっついていたのですわ!」



シルリーが言えば、ビアンカが後を続ける。



「私は、シルリーよりも間近で見ましたの。腕は絡めておられなかったけど、頬を、腕や胸に寄せてらして・・・こんな風に、ですわ!」



ミランダがシルリー相手に実演して見せているらしく、もう一人のメイドの「まあ!そんな風に?」と驚いてる声がする。

シルリーも「そこまでとは思いませんでしたわ」と驚いたように言っている。
< 195 / 246 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop