シャクジの森で〜青龍の涙〜
傍には編み籠に一杯の濡れた布と小さな箱が置いてあって、どうやら歌を歌いながら洗濯をしているよう。

心を奪われるような綺麗な歌声にしばらく耳を傾けていると、あることに気が付いた。

白い衣にピンクベージュの長い髪の後ろ姿は、知っている人とよく似ている。

もしかして、でもまさかそんなはずは――――



「――――アニスさん、ですか?」



おずおずと呼び掛けるとその人はぴたりと歌を止めて、エミリーの方を振り返り見て立ち上がり、にこりと笑った。


それは、どう見ても別人で。

でも、なんだかどこかで見たことがある気がした。

どこで、だろうか・・・。




「いいえ、私の名は違いますわ。あなたは、アニスさんてお方をお探しなのですか?」

「あ、ちがいます。そういうわけではありません。後ろ姿が似ていたものですから、つい―――」



籠の傍にある小さな箱からは、変わらずに機械的な音が鳴りつづけている。

エミリーは、目の前にいる少女を見つめた。

どこで見たのか、ようやく思い出したのだ。

あの時のお方に面差しがとても似ている。

でも、それが本当ならどうして。

そして、あの小箱は――――



「ぁ・・わたしは、エミリーといいます。あなたは?」

「私は、リシェールと申します。エミリーさんは、どうしてここに?」



リシェールは泡だらけの手を気にしながら、怪訝そうにエミリーを見た。

えんじ色の上等なドレスを着ている姿は、とても森の中を彷徨うような娘には見えない。



「あの、実は分からないのです。いつの間にか森にいて、なんだか迷子になってしまったみたいで・・・きれいな猫を見掛けて、それを追っていたらあなたの歌声がきこえてきたのです。それで、ここに・・・」

「まあ、そうなのですか。それは、お困りですわね。もうすぐ洗濯が終わります。そうしたら、森の出口までご案内致しますわ。少しだけお待ち下さいな」



リシェールは微笑んでそう言うと、箱から流れ出る音に合わせて再び歌を口ずさみ始めた。

小さいけれど伸びやかな声が、風に乗って空気に溶け込んでいく。

心が洗われるだけでなく空気までもが清んでいくような、そんな声に酔いしれていると、洗濯が終わり歌も終わった。


リシェールは小箱の蓋を閉めて大切そうに懐に仕舞うと、エミリーに歩くことを促した。
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