シャクジの森で〜青龍の涙〜
「とてもすてきな歌ですね」

「ありがとうございます。つい先日覚えたばかりなんです。この歌は、許された場所以外では歌ってはいけないのですけど、こんなにお天気が良いと、つい、嬉しくて口ずさんでしまうのですわ。あ、このこと、内緒にしておいてくださいね」



ちょっぴり舌を出してウィンクして、茶目っ気たっぷりに笑ってリシェールは肩をすくめた。

なので、エミリーも唇に人差し指を当てて内緒の仕草をして見せ、同じように笑い返した。



「えぇ、もちろん。やくそくします」



歌を教えてくれた人がとても厳しくて怖いだの、歌を歌うことが好きだの、エミリーも猫を飼っていて追いかけた猫が可愛かっただの、色んな話をしながら一緒に歩いていると、間もなく前方に大きな建物が見えてきた。


白い壁に赤い屋根のそれは、柱も太く屋根は大きく、とても重厚な造りは森の中にはふさわしくないものに思える。



「ここは――――?」

「端的に言えば、私の家、ですわ。お待ちになっていて」



玄関と思えるようなところにある大きな石段のひだまりで、さっき見かけた猫がふにゃぁと言った感じでのび~と寝そべっている。

その向こうから、女の人が出て来てリシェールに声をかけた。



「まあ!貴女がそんなことをしてはなりません。誰か!誰かいないのですか!」



厳しさを含んだとても掠れた声。

風邪をひいてるのかと心配に思えば、声を聞き付けて出てきた他の人も同じ様に声が掠れていた。



「まあ、リシェールったら。私にかして下さいな。あら?こちらのお方は?」



エミリーを見るその表情が、どんどん険しくなっていく。



「わたしは、エ――」

「あの!今そこの川で会ったんです。迷子になってらして」

「迷子?」



おうむ返しに言って、目の前の人は洗濯籠を持ったまま眉を歪めて訝しげにエミリーをじろじろと見た。

さっき玄関から出てきた人は、どこから出したのだろう、手に長い棒を持って何となく構えている。



「あーその、私はこのお方を森の出口まで送ってきます!さあ早く行きましょう!エミリーさん」

「待ちなさい!リシェール!」



咎める声を無視して、リシェールはエミリーをぐいぐいと押して家とは反対の方へと誘った。



「走って!」



とても緊迫した声で言われ、ワケが分からないままエミリーはリシェールを追いかけるように走った。

後ろから、人が叫ぶような声が何度も聞こえてくる。

例の掠れた声だけでなく野太い男声もある。

走りながらも耳を澄ませば「待て!」と叫んでいるよう。


まさか、あの棒を持って――――?
< 206 / 246 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop