君の知らない空

◇ 淀んだ職場


やっぱり私はついてないのだろうか。


T重工と取引のある会社なんて市内に何十社とあるのに、どうして私の会社が狙われるのか。


桂一から聞いたことはすべて、これまで聞いたことばかりで、自分には到底縁の無いことのように思えたけど。


唯一、実感として胸に留まっているのは桂一の会社や社長が普通ではなく、非常にややこしく危険だということ。


小川亮によく似た、別の名前を持つ男性や他に複数の男性を探していることにも得体の知れない恐怖は感じた。
しかしそれ以上は、まるで他人事のようだった。


会社をクビになるかもしれないという危機感さえ、私自身ほとんど実感がないのだから。


上司が変わったり、水面下では着々と乗っ取りが進んでいるのかもしれないけど、仕事内容も職場の様子も今までと何ら変わらない。


クビになってもべつに構わない。
という開き直りに似た気持ちさえ抱いていたし、仕事に対する熱意は薄らいでいたけど。


モニター越しに見える美香の後ろ姿も、いつもと変わらない。
机上の書類とモニターを交互に見る美香が顔を上げるたびに、艶やかな栗色の巻き髪が背中でふわりと揺れている。


今朝の出勤時、事務所の入口で鉢合わせた美香は
「おはようございます」
とにこやかな笑顔で、何のためらいもなく私のバッグを持ってくれた。私はいいよと断ったのに。


でも、オバチャンの美香に対する風当たりはキツくて、見ているだけで痛々しい。同じフロアにいるだけで息が詰まりそうになる。
私なら、仮病を使って休んでいるかもしれない。




< 177 / 390 >

この作品をシェア

pagetop