君の知らない空


「こんにちは、はじめまして。沢村と言います」


桂一が尋ねるより早く、沢村さんが姿勢を正して背筋を伸ばし、ぺこっと頭を下げた。


「大月です、よろしく」


照れ臭そうに返した桂一が、ちらりと私を見て、誰? と言いたげな顔をしてる。


「あっ……」

「私、そこのジムでインストラクターをしてるんです」


私の声をかき消すように、沢村さんが元気良く答える。ジムのある方角を指差して。


それは言わないで欲しかったのに……


思ったとおり、桂一が目を丸くしてる。
私とジムなんて無縁だと思っていたから、驚いたのだろう。付き合っていた頃の私はジムなんて、ましてや運動なんて口に出したこともないのだから。


「橙子、ジム行ってんの?」

「うん、ちょっと前から通い始めたの、最近行ってないけど」


顔が赤くなっているのは恥ずかしいから。それ以上に、桂一が要らぬ詮索をしないかという不安に気持ちを揺さぶられてる。


ようやく言ってはいけなかったのかと悟った様子の沢村さんが、申し訳なさそうに私を見てる。


もちろん桂一も。
イヤだ、何にも聞かないで……
胸の中で呪文のように繰り返した。


「あっ……ちょっとゴメン」


桂一が手にした携帯電話へと視線を落とした。誰かからの着信、気を逸らしてくれたことには感謝。


もしかしたら、さっき探してた……?


会話に耳を傾けようとしたら、沢村さんがこっそりと肩を寄せる。


「すみません、マズかったですか?」


桂一を気にしながら、声を殺して問いかける。


「ううん、全然大丈夫」


答えたけど、複雑な気持ちだった。
桂一の電話の内容が気になる。


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