君の知らない空
周さんは気に入らないと言いたげに、くしゃっと髪を掻き上げて立ち上がる。そして無言のまま、キッチンへと背を向けてしまった。
周さんを見送った彼が、話してもいいかと尋ねるように頷く。私も小さく頷き返した。
「君の職場に休暇の連絡をしたのは、僕らじゃない。知り合いに頼んで、君の母親のフリをして電話してもらった。体調不良だと言っておいたから、とくに問題はないと思う」
穏やかな声で彼が言った。まるで私を諭すように、ゆっくりと丁寧に。
こんなに彼が話しているのを見たことがなかったから、話の内容や言葉よりも声と表情が気になってしまう。でも彼の視線は、隣に座る私を捉えていない。私の方向にあるテーブルの角を見ている。
もどかしさは感じるのに、肝心な話の内容を理解することを私はすっかり忘れてる。彼の言った『知り合い』なんて言葉さえ、素通りしてしまっていた。
「はい、ありがとうございます。家に連絡したのは……誰なんですか? どこに外泊したことになってるのか……」
「家には白木さんに連絡してもらったよ。彼女と職場の同僚たちと飲みに行って、そのまま彼女の家に泊まるということにして……それで大丈夫かな?」
「あ、はい、大丈夫です」
ぺこっと頭を下げたけど、何か引っかかる。
「あの……どうして白木さんに頼んだのですか? 白木さんのこと、知ってるんですか?」
考えるより早く、疑問が口から零れ出た。私が質問することを想定していたのか、彼は表情を少しも変えることもない。
「うん、知ってる」
私の目を見て、彼が口角を上げた。